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zoom RSS 『ミステリ・リーグ傑作選』 下巻 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/07/13 23:44   >>

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年季の入ったミステリファンなら、ブライアン・フリンの『途上の殺人』という、幻の作品タイトルを、何度か目にしたことがあるでしょう。

ロンドンの二階建てバスが走っている途上、二階部分に上がっていった者がいないのに、そこで殺された被害者が見つかるという、シチュエーションだけだとエドワード・D・ホックが考えそうな一種の密室ものです。この作品については江戸川乱歩と井上良夫の往復書簡の中で言及されていて、乱歩が結構ほめていることで知られています。

このフリンという作家は、実に53作もの長編を残しているのですが、結局のところ一作も翻訳されることなく現在に至っています。というのも、フリンの本を出版していたジョン・ロング社というところは、貸本専業の特殊な出版社で、図書館や貸本屋でしか読めなかったため、一般的な知名度や評価を得にくかったためだと思われます。

中には奇想天外なトリック作品もあるらしいので、今回『ミステリ・リーグ傑作選』・下巻のメインプログラムとして収録された、『角のあるライオン』をきっかけに、いくつか翻訳していただけると嬉しいのですが、どうでしょう、論創社さま。それがダメなら原書房さま。

ところで、『角のあるライオン』という邦題は、ちょっとニュアンスが違うのではないかと思います。長いトゲ付きの首輪が巻かれたライオンの紋章が、文中だけでなく、添えられた原書のイラストにも出てきますし、原題“The Spiked Lion”から考えても『トゲのあるライオン』のほうが適切だと思います。『角のあるライオン』では、ユニコーンかサイのような角が生えたライオンを連想してしまいますからね。

この邦題も変ですが、訳文全体もかなりモタモタした印象を受けます。描写が細かいわりに、イメージが伝わってこないことが多いのは原文のせいなんでしょうが、もっとすっきりした言葉づかいにはできたんじゃないかと感じるんです。あと、訳し終えてから出版に至るまでの期間が短かったのか、専門家に照会すれば変な訳し方にせずとも済んだだろうに、と思える箇所が散見されます。

本編は本格ミステリというより通俗スリラーみたいな書き方なのに、話の展開がノロノロしているのが大きな欠点です。場面の切り替えがヘタで、中途半端なカットバックとか、思わせぶりなだけで何の意味もない描写が多いんです。新聞連載みたいに細切れに読むのだったら、このペースでも許せたかもしれませんが。正直なところ、中盤を過ぎるまでは何度もウトウトしそうになりました。

人物の多くは記号的で、ある特徴的な女性キャラ以外は、ほとんど印象に残りません。本文に先立ってクイーンが書いた紹介文には、探偵役のアントニー・バサースト氏がファイロ・ヴァンスやピーター・ウィムジー卿などに類する人物だとありますが、私にはむしろ、青年エラリイ・クイーンに似ているように思えます。もっとも、その個性はエラリイほどハッキリしていないので、例えばピエール・ボワローのアンドレ・ブリュネル探偵あたりが一番近いような気がします。

暗号の研究家で、戦時中はスパイ活動をしていた男・ブランデルが失踪し、しばらく後に死体で発見されます。死因は毒殺。しかし、死体は頭蓋骨や肋骨、足などを骨折しており、全身に無数の傷が残っていました。探偵バサーストが調べてみると、同時期にまったく別の場所で行方不明になったあと、同じように毒殺体で発見され、やはり体中に傷を負っていた銘文の専門家・ウィングフィールドという、もう一人の被害者がいたことが判明します。

死んだ男たちの関係は不明でしたが、そこに第三の殺人の情報が飛び込みます。殺されたのはブランデルの甥。彼は亡き父の友人であるリチャード卿の館に滞在していましたが、鍵のかかった寝室内で、他の二人と同じように毒殺されているのが見つかったのです。鍵は死体のポケットから発見され、合い鍵はありません。窓は人の出入りができる位置にないため、現場は密室殺人の様相を呈していたのでした……。

プロットの中心アイデアは非常に考え抜かれていて、ミスディレクションのテクニックもたいへん優れています。上記のように密室殺人とミッシング・リンクが出てくるのですが、そのどちらも、ストーリー上で果たしている機能が普通のミステリとは異なっていて、真相に到達してからやっと、作者のたくらんでいたことがわかります。そのため犯人はとても意外で、本気で考え込まないと、当てるのは難しいでしょう。これについては、編者・飯城勇三氏の懇切丁寧な解説が非常に参考になります。

しかし上記のようなテンポの悪さのために、ひとことで言って、とてももったいない作品になってしまっています。もっと簡潔で的確な描写ができる作家であれば、数段面白い作品に仕上がっていたのではないでしょうか。とはいえ、意表をつく結末の展開は、充分に一読の価値があります。

さて、『ミステリ・リーグ傑作選』の下巻は、この長編が全体の4分の3以上を占めているので、残りは短編が1本とクイーンのエッセイ、芦辺拓の寄稿文、そして『ミステリ・リーグ』全4号の総目次、という構成になっています。収録短編はチャールズ・G・ブースという作家の『蘭の女』。ブースは『ブラック・マスク』や『クルー(手がかり)』などの雑誌で活躍したハードボイルド作家です。

街の至宝とまで言われた美人女優ステラ・カールが誘拐されて三日。彼女の養育費を出していたノーラン上院議員のもとへ脅迫状が届きます。彼女が主演をつとめる舞台の開演が数時間後に迫っており、私立探偵マクフィーは、ノーランが要求通り、4万ドルを懐に入れて犯人からの連絡を待つことを告げられます。しかし、そのノーランは夕食中にレストランの個室で殺され、カネも消え失せてしまいます。

読めばわかりますが、これはハードボイルドの皮をかぶった本格ものです。文体のせいなのか、あるいは枚数が少ないためなのか、やや説明不足気味ではありますが、スピーディで切れ味の鋭い作品に仕上がっています。解説でも触れられていますが、クイーンの某長編のプロットに影響を与えているのかもしれません。

上下巻の2冊で一応の完結をみた『ミステリ・リーグ傑作選』ですが、第1号掲載の『レーン最後の事件』を別にしても、あと長編3作品が未収録のまま残っています。編者の飯城氏も、もし第3集を編ませてもらえるならば、応援を……というようなコメントを書いておられるので、ぜひぜひ実現してもらえるよう、論創社さんには切にお願いしたいところです。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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