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zoom RSS 『ハーレー街の死』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/07/15 23:27   >>

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現在1700点を数えるハヤカワのポケミスの中には、ガードナーのように130点もの作品が収録されている作家もいれば、1点きりの人もいます。

もともと作品数が少ない作家であれば、それも当然ですが、この『ハーレー街の死』の作者であるジョン・ロードは、ガードナーなみの多作家であり、別名義で残している作品を合計すると、長編だけで実に144点にものぼります。クリスティとカーの長編を合わせたよりも多いと言えば、その凄さがわかるでしょう。では、それほどの作家がなぜ、ポケミスに1点しか入っていないんでしょうか。

実際には、その作品『プレード街の殺人』のほか、カーと合作した『エレヴェーター殺人事件』というのがあり、これをカウントすれば2冊。あと、早川書房の編集部が独自に編んだ『名探偵登場』というアンソロジーの第4集に、『逃げる弾丸』という短編が収録されていますが、ポケミスで読めるロードの作品はこの3つだけです。

このブログでも取り上げたばかりの、クイーンの幻の雑誌を紹介した『ミステリ・リーグ傑作選』の下巻にも、その『プレード街の殺人』に関する記述があります。クイーンがこの雑誌で企画した、読者投票で「オールタイムの(決定的)探偵小説ベストテン」を決めるコンテストの中間発表(雑誌が4号で休刊したことによって、最終発表にもなってしまったわけですが)がなされ、その第16位に『プレード街の殺人』が入っているのです。

そのせいもあって、この作品は戦後いち早く翻訳され、ポケミスに入ったのでしょう。訳者は森下雨村。横溝正史の前任者として、雑誌『新青年』の編集長をつとめていた人です。訳文は今となっては古めかしく、あまり読みやすいとは言えませんが、1998年のポケミス45周年記念復刻フェアの際にも、何度目かの復刊を果たしていました。これは、その2年前に、40年ぶりのロード翻訳となる『見えない凶器』が国書刊行会から出たことにもよるんでしょうが、クイーンさまさまとも言えそうです。

で、ロードの作品がポケミスに1冊しか入っていない理由ですが、それは『プレード街の殺人』を読めば、だいたい想像できます。この作品は、クイーンが高く評価している『ミステリ・リーグ傑作選』の収録作、ブライアン・フリンの『角のあるライオン』と、たくさんの共通点を持っているんです。テンポの悪い物語で、探偵役の影か薄く、中心アイデアは悪くないのに、それを活かしきれていない、ということ。『ハーレー街の死』の解説を書いている新保博久氏の言葉を借りれば、「論理ではクイーンの域に及ばず、テクニックでガードナーに劣り、愛嬌ではカーに敵わない。剛腕が取り柄の作家」というのは、非常に的確な表現だと思います。

ではなぜ、『プレード街の殺人』が当時そんなに評価されたのか。この作品は、ミッシング・リンクが中心テーマなのですが、1928年の原著発表時点で考えれば、クリスティの『ABC殺人事件』やステーマンの『六死人』、フィリップ・マクドナルドの“Murder Gone Mad”などの諸作に先駆けていたということでしょう。つまり、アイデアを生み出す能力はあった作家、ということでもあると思います。

再び『ハーレー街の死』から新保氏の解説を引用しましょう。「アイデアが見事に決まったとき、多くの弱点も吹き飛んでしまう。ロードがそういう真価を発揮した訳書を、私たちはいま初めて手にしたのである」。新保氏はこの解説文の中で、『見えない凶器』にも触れていて「凶器の正体が陳腐なのが致命的であった。出発点のトリックが良くなければ、完成度も落ちる作家なのである」としています。

『見えない凶器』がバカミス系作品であることは私も認めますが、“陳腐”という言葉は当てはまらないと思っています。では、コシマキに「最高傑作ついに翻訳なる!」と書かれている、『ハーレー街の死』の評価はどうでしょうか。物語は、クリスティの『火曜ナイトクラブ』のごとく、毎週土曜の夜に、科学者探偵プリーストリー博士の書斎に集まって討論するメンバーの一人が、ある医師の死を話題にするところから始まります。

亡くなった医師モーズリーは、さまざまな分野の専門医がオフィスを構えていることで知られる、ロンドンのハーレー街で開業していました。腺に関する病気の権威として、すでに揺るぎない名声を得ているモーズリー医師でしたが、その反面、カネに対する執着が強く、貧乏な患者は最初から相手にしないという人物で、親しい友人といえば取引銀行の支店長ぐらい。妻と子供は田舎の豪邸に暮らしており、モーズリーは週末しかそこで過ごさず、平日は診療所を兼ねたアパートメントで寝泊まりしていました。

ある日の診療が終わった夕刻、診療所を弁護士事務所の事務員が訪れます。そして、モーズリーがハーレー街で開業するずっと以前に診療を行った女性が最近亡くなり、彼に5000ポンドを贈るという遺言を残したことが伝えられます。モーズリーは思わぬ臨時収入に、新しい標本を手にした蝶のコレクターのように喜んでいましたが、事務員が帰ったしぱらくあと、血も凍るような叫び声を聞いて駆けつけた執事の前で、苦痛に身悶えしながら死んでしまいます。

調べてみると腕に注射痕があり、致死量のストリキニーネを注射したことによる中毒死と判明。しかし、モーズリーはもとより自殺するような人間ではなく、また、もし自殺するならもっと楽に死ねる薬物もあったため、最も苦痛の大きいストリキニーネを選ぶはずがありません。といって、殺人のチャンスがあったのは執事とその甥ぐらいですが、彼らには毒物の知識も動機もないのです。

検死審問が開かれて、自殺と他殺の可能性が排除されたあと、モーズリーは薬の瓶を間違うなどの理由で、自分でストリキニーネを注射した事故死であろうと結論づけられます。しかし、医師としては極めて優秀で、機械のようだったと評する者もいるほどの彼が、そんな致命的なミスを犯すとは考えられず、プリーストリー博士は興味を覚えて、本格的な調査に乗り出します。

調べていくうちに、死の当日に辞めた女性秘書の存在や、モーズリーの妻を誘惑しているらしい息子の家庭教師など、隠れていた人間関係が次第に浮かび上がってきます。そんな矢先、プリーストリー博士は軽い脳卒中のようにも思える奇妙な発作に襲われます。友人の医師は毒物が投与されたことを疑いますが、その形跡はありません。プリーストリー博士はいつになく素直に、気分転換に旅に出たらどうだという、友人の意見を聞き入れるのですが……。

中盤過ぎからプリーストリー博士は、自殺・他殺・事故死のどれでもない第四の可能性を示唆しはじめ、それが何なのかという、ある意味不可能犯罪ものより不可解な謎をテーマにした物語です。このアイデアは確かに優れていますし、驚くべき種明かしの部分も、ちゃんと納得いくように書かれてはいます。電話や実験用のネズミなど、小道具の使い方も巧みです。しかし、この真相を第四の可能性と言い切ってしまうには、あと一歩、シチュエーションの詰めが甘いと思います。また、作者と読者の知恵比べ的な読み方には向いていません。アンフェアすれすれ、普通の読者にはまず見抜けない結末だからです。

驚きを何より重視する私としては充分に楽しめましたし、これをロードの代表作だとする声があることも理解できます。しかし私なら、もっとケレン味あふれる『見えない凶器』のほうを評価します(w)。英米では1990年代にロードの再評価の機運が爆発的に高まったそうですから、トリックメーカー、そしてワンアイデアストーリーの水準作を量産した作家として、もっともっと訳出して欲しいものです。さしあたって、戦前に抄訳されただけの不可能犯罪もの『トンネルの秘密』とか、密室ものの“Death Leaves No Card”、謎の設定が面白いといわれる“Mystery at Olympia”あたりはどうでしょう、論創社さま。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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