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ゴルバチョフ大統領時代、バカーチンという名の内務大臣がいましたが、この本の作者氏のペンネームは自ら“悪人”をもじったアクーニン。 モスクワ大学で日本史を専攻し、日本への留学経験もあり、三島由紀夫のロシア語訳などもしている人だとのこと。ポリスというのはロシア人には多い名前ですが、スラヴ民族の間ではボリスラフの短縮形だと認識されていて、意味としては“戦いの栄光”といったところ。つまり、ボリス・アクーニンで“悪人と戦う”となる……ってのは考え過ぎかな。 この『リヴァイアサン号殺人事件』は、ロシアでは大ベストセラーらしい、エラスト・ファンドーリンという人物が主人公のシリーズ第3作。買ったものの積ん読になっていた本でした。なぜ手を付けなかったかというと、数年前に邦訳が出たシリーズの第1作、『堕ちた天使−アザゼル』があまり面白くなかったからです。ストーリーはまずまずでしたが、主人公がカッコ良すぎるのが少女趣味的で、ボリス・アクーニンってのは男名前の女性かと思ったぐらいでした。この辺は、訳者が女性だから、余計にそう感じるのかもしれません。 主人公ファンドーリンは、作中の記述からすると、クリミア戦争終結の翌年、1857年ごろの生まれのようです。シャーロック・ホームズの生まれ年は、『グロリア・スコット号』などから1854年とする説が有力ですから、ほぼ同年配ということになります。で、この『リヴァイアサン号殺人事件』は1878年という設定。つまり、ファンドーリンはまだ21歳かそこらなわけです。解説には美しい女性にめっぽう弱い、とありますが、少なくともこの物語には、美女は一人も出てきません。 彼が、ある登場人物を相手に、面識のない乗船客の素性を、外見をパッと見ただけでズバズバ言い当てる描写がありますが、これは明らかにホームズを意識したものでしょう。というか、具体的に言うと『グロリア・スコット号』でのホームズと、ほとんどそっくりな推理を働かせるシーンもあります。しかし、物語全体から受ける印象は、ホームズものでも本格ミステリでもなく、『813』あたりのルパンものに近い感じ。ゴーシュというフランス人の老警部が登場しますが、これなどルパンシリーズに出てくるガニマール警部の劣化コピーみたいです。 物語の冒頭に、「ゴーシュ警部の黒いファイルより」という序章があり、パリに住むイギリス貴族の館で起きた殺人事件の概要が、ここで語られます。貴族本人が頭を割られて死んでいるほか、使用人や護衛など9人が毒殺されて発見され、貴重な金の像が盗まれたという凄惨な事件ですが、これだけで日本の読者なら、ある有名な事件を連想するでしょう。そう、横溝正史が『悪魔が来たりて笛を吹く』で題材にした、あの事件です。 日本通の作者のことですから、かの事件を念頭にこれを書いたとしても不思議ではありません。9人もの人間が、なぜやすやすと毒殺されたのかという謎の答えも、これで見当がついてしまいます。むろんそれは、読んでいる私が日本人だからであり、ロシアの読者が受けるであろう印象とは違うわけですけれど、それにしても、この作者は謎作りがあまりうまいとは言えない気がします。どうやら、クリスティの影響もちょっと見えたりはするんですが。 パリでの大量殺人事件の現場には、リヴァイアサン号の一等船客と上級航海士のみに配布された、金のバッジが落ちていました。折しもこの船は、イギリスのサウサンプトンを発し、スエズ運河を経由してインドのカルカッタまでの処女航海に出帆するところだったので、ゴーシュ警部は捜査のために一等船客を装って乗り込んでいます。バッジを持っていない一等船客を、執拗な調査によって4人にまで絞り込んだ警部は、船長の協力を得て、その4人が同じサロンに集まるよう手配してもらっています。 サロンというのは、船内に設けられた食事用の部屋のことで、一等船客は食事の際、大食堂ではなく、10人ずつのグループに分かれて、このサロンを割り当てられているわけです。ゴーシュ警部は4人の容疑者をじっくり観察しますが、そこで行き詰まってしまいます。そんなとき、スエズ運河の町ポートサイドで乗り込んできた新たな船客の中に、バッジを付けていない男がいました。警部はその男ファンドーリンを5人目の容疑者としてサロンのメンバーに加えます。 かくして、“ウィンザー”と名付けられたサロンに集まる10人の人々。ゴーシュ警部、ホスト役の航海士、船医夫妻、考古学者の5名と、バッジのない5名……イギリスの准男爵、日本の軍人、イギリス人のハイミス、スイスの銀行家の妻、そしてロシアの外交官という若い男ファンドーリン……が揃い、インドへの航海が続きます。 物語はゴーシュと、ファンドーリンを除く4人の容疑者それぞれの視点を章ごとに切り替えながら語られていきます。途中、セポイの乱の際に行方不明になった莫大な財宝の話がからんできたり、その謎を解いたという考古学者が船上で殺されたりと、さまざまな波乱を交えながら、物語は狂乱のクライマックスへと進んでいくのでした。 まあ、ミステリとしてはアンフェアなところがあるものの、話そのものはうまく作られています。しかし、謎解きは比較的容易です。馬鹿でかいビッグ・ベン型の時計という、不自然きわまりない大道具が登場した途端、これがどう使われるのか予測できてしまいましたし。それに、航海中の船の上での事件といっても、場面はほとんどサロン内だけに限定されているので、船旅感もありません。 ですから主人公に魅力を感じるかどうかで、この作品の評価はわかれるでしょう。個人的には、容姿、肉体、頭脳のすべてが並はずれていて、しかも正義感に溢れた優しい男なんて、大人の読む小説の主人公じゃない気がします(決して冴えない中年男のひがみにあらず)。彼には唯一、わずかに吃音があるというのが欠点になっているのですが、これはひょっとすると金田一耕助のマネなのかも。 ところで、日本人の登場人物、青野銀太郎は薩摩の人間で、この事件の7年前にパリへ留学したという設定になっています。彼の日記の記述が薩摩弁ではなく標準語で、変な俳句をひねる癖があったりするのは、ご愛敬としましょう。でも、1971年といえば戊辰戦争の直後。そしてこの事件の年1978年は、西南戦争の翌年で、大久保利通が暗殺された年でもあります。彼の故郷薩摩は大混乱の中だったはず。あり得ないとは言えませんが、かなり不自然に思われます。ファンドーリンは青野に対して友好的な接し方をしていますが、イギリス人やフランス人に対する批判的な描写とはまた違った意味で、ロシア人万歳的な視点を感じます。ちぇすとー! なお、これを読んでいるときに感じたことをもう一つ。インドの王族が隠した財宝のありかに関する謎解き部分が、1957年公開の東映映画、『旗本退屈男 謎の蛇姫屋敷』に出てくる、家康の埋蔵金探しのくだりと良く似ているように思うんです。映画の中では、例のアイテムの代わりに、旗指物(はたさしもの)がキーポイントになっています。もしかすると、アクーニン氏は来日時、この映画を目にする機会があったのでは……というのは邪推に過ぎるでしょうか。 ※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。 |
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「リヴァイアサン号殺人事件」
「こんなこともできますよ。目隠しをして、その人の立てる音や匂いからその人について ...続きを見る |
COCO2のバスタイム読書 2008/06/05 22:56 |
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