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zoom RSS 『密室の鎮魂歌』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/08/26 23:52   >>

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コンクールなどの受賞作が出版されるとき、巻末に選考委員の評や、選定までの流れが掲載されるのが、最近では決まりのようになっています。

どんな作品が受賞したとしても、「えー? こんなのが大賞獲ったの?」という声が、一部の読者から上がることは避けられません。その割合が多いほど、賞は賞としての信頼度が薄れるわけですから、主催者がそれを気にするのは当然です。その点、個々の選考委員の選評が全て載せてあれば、読者としても納得しやすくなるでしょう。「この作品に賞を与えたのは、主催している○○社というより、選考委員の△△さんと□□さんなのだ」というわけで、批判のホコ先をかわす狙いもあるのかもしれません。

そんな深読みはともかく、私はそういう選評を読むのが大好きです。書き方は十人十色、見方は千差万別。選評は一種のクロスレヴューなわけで、担当している作家の考え方や好みも、これで、ある程度は理解できます。またそのことが、選評を書いた作家本人の作品を読むとき、理解の参考にもなったりもしますし。

ところで、選考委員の顔ぶれは、その賞の性格を決めてしまうわけですから、あまりに何度もメンバーが入れ替わるのはどうかと思います。方向性が変わるたびに、どうしても応募者の狙いがぐらつきますし、年度ごとの受賞作のレヴェルに差も出てきてしまう。そういう弊害が顕著なのが、老舗であるはずの乱歩賞のような気がします。ここ数年、ヴァラエティに富んだ作品が選ばれていると言えば聞こえは良いですが、どうも面白い作品にあたりません。

その点、方向性が割と一貫しているのが、鮎川哲也賞です。特にこの6年ぐらいは、選考委員の顔ぶれがほとんど変わっていません。ただ、今度は別の弊害が出ているような気もします。同じような傾向の作品ばかりが受賞するので、本格向きではない持ち味の人が、無理に本格を書こうとして失敗したりとか。賞の性格付けも、難しいもんですね。もっと、作家以外の人間が選考委員に加わるようなシステムにしたほうが、どの賞もレヴェルアップできるような気がします。「該当作なし」が連発されるような事態にもなりかねませんが(w)。

だいたい、ミステリ系だけに限っても、賞が多すぎるんじゃないでしょうか。それなのに、近年いちばん受賞作の水準が安定していたサントリーミステリー大賞がなくなってしまったのは、大変残念でした。賞が多いと、参加する人数は必然的に増えるわけで、全体としての底上げにはつながるかもしれませんが、天井も下がりがちな気がします。

さて、2004年という年は、各賞受賞作のレヴェルが、まれに見るほど低い年でした。乱歩賞作品が神山裕右の『カタコンベ』、横溝正史賞が射逆裕二の『みんな誰かを殺したい』と村崎友の『風の歌、星の口笛』、そして鮎川賞が神津慶次朗の『鬼に捧げる夜想曲』と岸田るり子の『密室の鎮魂歌』。なかでも特に神津作品と村崎作品は筆舌に尽くしがたいほどひどくて、さすがに選評好きの私としても、出版社から選考委員にかかっているバイアスの強さを意識せざるを得ませんでした。

その低レヴェルな年にあって、唯一まともな作品だと思ったのが『密室の鎮魂歌』です。まあ、飛び抜けて優れた作品とは言えないかもしれませんが、非常に読みやすく、構成もしっかりしています。中心となる着想は新鮮で、本格をあまり知らない人が頑張って本格を書こうとするとこうなる、という好例だと思います(いい意味で)。また最近の作品では、作者ご本人が本格に対する変なこだわりを捨てつつあるようなので、その原点を知る意味でもこの作品は重要だと思います。あ、つまり私は、この作家が好きなんです。

この作品、ちょっと見には、初期の近藤史恵みたいな雰囲気があり、本人の弁によればクリスティに触発されたらしいのですが、その実、典型的な鮎川賞パターンで書かれています。要するに、まずドカンと謎を提示→変な登場人物がワラワラと出てくる→副次的な事件が発生→主人公ピーンチ→犯人の自白、もしくは手記によって、すべての真相が説明される……というヤツ。クリスティ的なところといえば、視点がいろいろと移り変わるところでしょうか。でも、結果から言えば、ヒロインの視点だけに統一して書いたほうが、この本に関しては良かったんじゃないかと思います。

物語は、リストラされて東京から京都に戻ってきた商業デザイナー・麻美が、美大時代の同級生である麗子が開いた個展に、高校時代の同級生である由加を連れてくるところから始まります。芸術家の夢を捨て、デザイナーの道を選んだものの、すべてがうまくいっていない麻美。麗子は独特の作風で画家として成功していますが、傲岸不遜な性格。2人ともバツイチです。そして由加は、資産家の夫と結婚していましたが、彼は5年前に謎めいた失踪を遂げており、そのショックで流産した過去があります。麗子と由加の間には面識はありません。

ところが、麗子の『汝、レクイエムを聴け』という絵を目にしたとき、由加が悲鳴を上げ、倒れそうになります。彼女は逆上したようになって、麗子に「そうか、分かったわ。あなた、主人を知っているのね? どこへやったの、あの人を?」などと詰問し、何の心当たりもないという麗子を困惑させます。会場を出たあと、麻美が由加に何のことなのかと尋ねると、絵の中に描かれた骸骨が手にしている旗に書かれた図柄が、失踪した夫・鷹夫の背中にあったタトゥーとそっくりだというのでした。

鷹夫とも同級生であった麻美は、彼の背中にそんなものはなかったことを知っているのですが、由加は夫が秘密にしていたそのタトゥーを、結婚してから彫ったのだと主張します。その図柄というのは、リースのように輪状になった葉っぱと蛇、それに奇妙な文字が描かれたもので、もし由加が本当のことを言っているのならば、麗子の絵とあまりにも似すぎていました。しかし、麗子のほうには鷹夫との接点がなく、そちらの主張も否定できないのです。

鷹夫が失踪したときの状況というのも謎だらけでした。その日、待ち合わせの居酒屋に来なかった彼を心配した麻美・由加と、もう一人の同級生である太一の3人が家に行ってみると、直前まで鷹夫がいたと思われる部屋はドアにも窓にもカギが掛かった密室で、しかも毒の入ったワイングラスが残っていました。しかし鷹夫の姿はどこにもなく、以来5年間、その家は使われることもなく、無人のまま放置されているのでした。

数日後、麻美のもとに由加から電話があり、放置していたあの家の電話を使って、誰かが自宅に無言電話を掛けてきたと話します。そのことに恐怖する由加と連れだって、麻美がかの家に行ってみると、そこには太一の死体が転がっており、現場はまたしても密室になっていたのでした。ただし、人の出入りできない窓のひとつが施錠されていなかったためか、窓ガラスには犯人が貼ったと思われる<the second deficient locked room>(第2の不完全な密室)というメッセージが残されていたのでした……。

このあとも密室的シチュエーションが連発するのですが、トリックとしては目新しいものはありません。メインの謎はあくまで「なぜ、誰も知らないはずの鷹夫の背中のタトゥーと、麗子の描いた絵の図柄が同じなのか」であり、この設定と解決はとても優れています。また、最初の「死体のない密室」に関しては、どうしてそんなものができあがったのかという理由に創意があり、楽しめました。謎の作り方、からませ方はなかなかのものだと思います。

しかし、この作者の本領はそういうところではなく、嫌な女を次々に登場させていくという、独特の環境作りにあると思います。どこかウジウジしたヒロインも含めて、女性特有の“イヤさ”が剥き出しの女ばかりが目立つのです。それに比べると男性の描写は淡泊で、そのコントラストのために、犯人がわかりやすくなってしまっています。密室トリックは一生懸命考えたあげく、この程度のものしか浮かばなかった……という感じなのに対し、女性キャラはサラリとした筆致で書いているのに、どぎつい造型になっている感じなのです。

2作目以降も、この“嫌な女”路線は継続(というか、エスカレート)していて、男の目から見るとそれが面白かったりするんですが、女性の読者からすると、誰にも感情移入できなくて気持ち悪いのでは、と余計な心配をしたりしてしまいます。私としては、このままどんどん過激に(たぶん、ご本人にはそういう意識はないのでは、という気もしますが)“嫌な女”の話を書いて欲しいなぁ、と願ってやみません(w)。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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