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《絶版・品切れミステリコレクション》…その第8回として、戦前を代表する本格作家・浜尾四郎の『鉄鎖殺人事件』を取り上げてみます。 この作品、単行本や文庫はすべて絶版ですが、厳密に言うと、まだ新刊で読むことができます。というのも、3年ほど前に沖積舎というマイナー出版社が、全2巻の「浜尾四郎全集」を刊行したからで、その2巻目には彼の残した4つの長編がすべて収められています。ただしこれは、一冊7140円と高い本なのです。作者は1935年に亡くなっているので、著作権はとっくに消滅しているのですが……。図書館にも置いてない場合が多いため、あまり一般の読者の目に触れる機会はないと思われます。 浜尾の4長編のうち、最後の『平家殺人事件』は中絶作なので、完成品は3つ。発表された順でいうと『博士邸の怪事件』、『殺人鬼』、『鉄鎖殺人事件』ということになります。ただし『博士邸の怪事件』はNHKのラジオドラマ用に書かれた作品で、分量が中編規模であるうえ、内容的にも見劣りするため、現在では『殺人鬼』を長編第1作とする場合が多いようです。いずれも、元検事の名探偵・藤枝慎太郎が登場します。 『殺人鬼』は重厚な本格長編として有名で、日本探偵小説全集(創元推理文庫)の第5巻『浜尾四郎集』で読むことができますし、ハヤカワのポケミスに入っている3点の日本人作品のひとつでもあるので(あとの2つは小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』と夢野久作の『ドグラ・マグラ』)、簡単に入手することができます。また、『博士邸の怪事件』も春陽文庫版が現役ですから、気軽に読むことができないのは『鉄鎖殺人事件』だけ、というのが現状です。 『鉄鎖殺人事件』は、『殺人鬼』と比べても全く遜色ない作品であるにも関わらず、なぜか長い間冷遇されてきました。書かれたのは『殺人鬼』の直後、1933年のことで、作品中の時間も『殺人鬼』と連続しています。浜尾にはヴァン・ダインの影響があることが指摘され、『殺人鬼』には『グリーン家殺人事件』がよく引き合いに出されますが、この『鉄鎖殺人事件』にも、はじめのほうにそれを象徴するような一節があります。 ちょっと引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 藤枝は歩きながら、最近にヴァン・ダインがコスモポリタン誌上に連載し始めたケンネル殺人事件の話を始めた。私は探偵小説は好きだし、これがヴァン・ダインがかねて宣言した最終の第六篇ということで、普通の時なら大いに興味があるわけなんだが、今は一体どこへ連れて行かれるのやら、目下の事件に関係あるのやらないのやら、それさえわからないのだから、気になって藤枝の話もよく耳に入らなかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用ここまで 『ケンネル殺人事件』がアメリカ国内で単行本化されたのが、まさにこの1933年のことなので、浜尾はおそらく『コスモポリタン』を個人的に取り寄せてまで読んでいたのでしょう。ヴァン・ダインの「ひとりの作家が6作を超える長編ミステリの力作を書くことはできない」という宣言も、当時からファンの間では周知のものだったことがうかがわれます。 浜尾の作品には、確かにヴァン・ダインの影響があると私も感じますが、余計なペダンティズムには走っていません。重厚感はあっても、読みやすさでは本家を凌駕していると思います。犯人の見当が付けやすい点もヴァン・ダイン的(?)ですが、藤枝探偵はファイロ・ヴァンスほどの迷探偵にはなっていません。また、ワトスン役である小川君は、そのドジっぷりで話をかき回してくれます。マーカム検事やヒース部長のような、ただ無能なだけの脇役に終わっていないところも、浜尾の工夫じゃないでしょうか。 『鉄鎖殺人事件』には、藤枝探偵が犯人に翻弄されて失敗を繰り返す描写もあります。もしかしたら、前年に発表されたエラリイ・クイーンの『ギリシャ棺の謎』が影響しているのかもしれません。この作品が翻訳されたのは数年後のことですが、上記のように浜尾が原書で海外ミステリを読んでいたとすれば、充分に考えられることだからです。そう思って読んでみると、クイーンの影響が感じられる点は他にもいくつかあるのですが、これはプロットの根幹に関わることですので、触れないでおきます。 物語は、小川君のいとこにあたる玲子という女性が、深夜に藤枝のもとを訪れたにも関わらず、要領を得ない話をして、唐突に帰ってしまうところから始まります。玲子は新聞で読んだという、質屋の殺人事件のことを話題にするのですが、藤枝も小川も、その事件のことは全く知りません。玲子が帰ったあと、不審を感じた2人が、彼女の話に出た質屋に行ってみると、深夜なのに裏口の木戸が開いていました。 店内に忍び込んだ2人は、そこで死体を発見します。ナイフで胸をえぐられているのが死因のようですが、高手小手に鉄の鎖で縛られているのが異様でした。また、応接室を調べてみると、そこにはビリビリに引き裂かれた肖像画が散らばっていました。調べてみるとそれは西郷隆盛のもので、壁に十数枚も飾られていたらしい西郷の肖像のみが、そのような目にあっていたのです。一枚だけ、難を逃れた肖像画が残っていましたが、それは死体の人相と一致していました。 2人はさらに探索を続け、若宮貞代という女性あてに書かれた手紙のようなものや、階段にミミズの這った跡のように流れているロウなどの手かがりを見つけます。玲子のことをおもんばかった2人は、警察への通報はせず、証拠品などもそのままにして帰り、翌朝改めて出かけます。すると死体はすでに発見され、警察の捜査も始まっていました。事件はその後も続き、次々に惨劇が起こります。そんな中、小川君は一人の謎めいた女に出会い、恋に落ちるのでした……。 タイトルにある“鉄鎖”は、実のところあまり事件とは関係ありません。ところで、『殺人鬼』と『鉄鎖殺人事件』の2作品は、どちらも土曜ワイド劇場で映像化されています。『殺人鬼』は『昭和7年の姦通殺人鬼』、『鉄鎖殺人事件』は『昭和7年の血縁殺人鬼』というおどろおどろしいタイトルに変えられ、脚色がなされているのですが、これがなかなか見事だった記憶があります。こじつけたような“鉄鎖”の扱いが納得できるようになっていただけでなく、原作にはない非常にきわどい描写があって、それが犯人の正体を象徴しているのです。 ただ、この描写はちょっと残酷で、肉体的な痛さを想起させるものであるため、今となっては再放映は難しいかもしれません。藤枝探偵の役は片岡孝夫(現・仁左衛門)。小川君は岡本信人、謎の女は片平なぎさ、妖艶な若宮夫人は松尾嘉代だったと思います。片岡はこの少し前に、クイーンの『災厄の町』を日本で独自に映画化した『配達されない三通の手紙』でも主要なキャストを演じていて、何だかミステリづいていたようにも感じました。藤枝探偵の役は、ピッタリはまっていたと思います。 願わくば、もう一度『昭和7年の血縁殺人鬼』を観てみたいもんです。DVD化されたりしないでしょうか。それが評価を得れば、『鉄鎖殺人事件』の復刊も可能性が高まるんじゃないかと思ったりするんですが……。とにかく、本格ファンなら無視できない重要な作品です。機会があったら、ぜひ読んでみられるようオススメします。 ※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。 |
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