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zoom RSS 『赤き死の訪れ』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/09/18 23:58   >>

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題名はポオの『赤死病の仮面』を連想させますが、内容のほうはというとドイルの『五個のオレンジの種』みたいなシチュエーションの物語でした。

昨年、『毒杯の囀り』(創元推理文庫)で初めて長編が紹介された、托鉢修道士アセルスタンを探偵役とする歴史ミステリの第2弾が、この『赤き死の訪れ』です。もっとも、作者ポール・ドハティーにとって、この作品は長編ミステリの第15作でもあり、創造した探偵役も、このアセルスタンで4人目。ですから、作家としてのキャリアを、かなり積み上げてからの作品ということになります。

もっとも、日本では、彼の名前は以前から知られてはいたものの、10年前のミステリマガジンに短編が一つ訳されたきりで、その後はずっと音沙汰なしでしたから、私のような歴史ミステリ好きにしてみれば、いつになったら長編の翻訳が出始めるのだろうと、やきもきさせられてきた作家でした。同じ中世のイギリスを舞台にしたミステリを書いていたエリス・ピーターズの「修道士カドフェル」シリーズが全作訳されているのと比べると、あまりにも不遇でしたし。

しかもドハティーの場合、ディクスン・カーばりの不可能犯罪ものが多いというのが特徴ですから、カーの愛好者が増えている現状なら、もっと積極的に紹介されても良いはずなのに、まだ邦訳長編は3作品のみ。ハヤカワのポケミスから出た『白薔薇と鎖』も密室殺人を扱っている歴史ミステリで、喰えない爺さんロジャー・シャロットが回想するスタイルが面白いんですが、今のところ、あとが続いていません。舞台が過去のイギリスになっていることで、取っつきにくいと感じ、食わず嫌いになってしまっている読者も、けっこういるのではないでしょうか。

考えてみれば、カーの歴史ミステリにしても、現代物と比べるとイマイチ人気がないようです。でも、ドハティーの作品には、カーが歴史ミステリではあまり扱わなかったオカルティズムの色もありますし、『白薔薇と鎖』などは『ピロードの悪魔』みたいな活劇シーンにも富んでいるので、充分に楽しめると思うのです。特別、歴史的な知識が必要ってわけでもありませんし、ファンタジー系のゲームや小説でおなじみの中世世界が舞台だと思えば、別な楽しみ方もありそうです。

さてこのシリーズ、アセルスタンがホームズ役なら、ワトスン役はジョン・クランストン検死官。ただし、身分の上では貴族であるクランストンのほうがずっと上で、アセルスタンは書記という役回りです。こういう、立場的に逆転しているコンビというのは、書き方が難しいのか、めったにありませんが、ドハティーはこれをとても巧く処理しているように感じます。

クランストンは、例えて言うと「ちょっと頭の悪いヘンリー・メリヴェール卿」のような感じに造型されていて、ひょっとすると、その影響を受けているのかもしれません。クランストンの場合、たらふく飲んで喰ってげっぷをして、というシーンが繰り返されるので、露悪家ぶっているだけのヘンリー卿より、ずっと品が悪い感じではありますけど。

アセルスタンのほうは、ピーターズの修道士カドフェルと比べると、年が若いせいもあって、ほのかに思いを寄せている未亡人・ベネディクタのちょっとした行動に気を取られたり、怒りを露わにするシーンがあったりと、時に聖職者らしからぬストレートな感情表現をする人物です。星を観測する趣味があり、教区の人々からは変わり者と見られていますが、クランストンは彼の判断力を非常に信頼しています。また、ボナヴェンチャーという飼い猫がいて、これが良い味を出しています。

『赤き死の訪れ』の物語には序章があり、本編の事件から15年前、キプロス島から出帆した武装商船が、4隻のガレー船に襲撃されるシーンが、まず描かれます。序章の後半では、事件の始まる直前のロンドン塔に舞台が移り、犯人とおぼしき人物の行動が描写されます。これら2つのエピソードは、伏線であると同時にミスディレクションの役割も果たしているのですが、描き方に迫力があるために、そういうことを意識させません。

さて、アセルスタンのいる聖アーコンウォルド教会には隣接した墓地があり、最近そこから、遺体が盗み出されるという冒涜的な事件が何度も起こっていました。アセルスタンはそのことで頭を悩ませていましたが、そこにクランストン検死官が現れ、ロンドン塔の城守であるラルフ・ホイットン卿が殺害されたと告げて、調査に同行するよう依頼します。ラルフ卿は摂政の友人でもある有力者ですが、守銭奴で性格が悪く、民衆からは嫌われている人物でした。

ラルフ卿は、死の数日前に、謎めいた手紙と、ゴマのシードケーキを受け取っていました。それ以来、彼は何かに異常におびえていて、居心地の良い寝室で寝るのをやめ、ロンドン塔内の北側にある塔の二階で寝起きするようになっていました。ベッドにつく際には、部屋の扉だけでなく、部屋に通じる廊下の入り口のドアにもカギをかけ、しかもそこに2人の傭兵を見張りに立てている、という警戒ぶりでした。

しかし、事件の朝、ラルフ卿の娘の婚約者であるジェフリーという若者が、卿を起こしに行ってみると、部屋のドアの下から冷たい風が吹きだしていました。そこで彼はラルフ卿の副官コールブルックを呼んで、ドアを開けることに。すると、ベッドの上ではラルフ卿が、首を掻き斬られて死んでおり、すでに遺体は冷たくなっていたのでした。

部屋の窓には鎧戸が付いていましたが、それらは開け放たれていました。そのため、犯人は凍ってしまった濠の上を歩き、塔の側面にある小さな足がかりを使って登り、鎧戸をこじ開けて侵入したのだと思われました。しかし、ラルフ卿はかつて十字軍の一人として戦った歴戦の騎士であり、なぜ抵抗した様子もなくむざむざと殺されたのかは不明でした。

ロンドン塔内には、ラルフ卿の娘とその婚約者、弟のフルク卿、副官、専任司祭、ムーア人の召使い、そしてラルフ卿の古い友人である2人の騎士修道士がおり、いずれも動機はありそうでしたが、犯行の機会のあったものがなく、捜査は難航します。ラルフ卿をおびえさせた手紙には、下手くそな船の絵が描かれてるだけでしたが、その意味は誰も語ろうとしませんでした。そんな中、騎士修道士の一人が、塔の城壁から墜落死します。直前に警鐘が鳴らされていたのに、鐘に近づいたものはおらず、周囲の雪の上には誰の足跡も残っていないのでした……。

最初の殺人は一種の半密室、ふたつ目のも不可能状況で、謎は深まります。そして、このあとも次々に事件が起こりますが、あまり錯綜した感じにはなりません。しかし、クランストンは自分の妻の行動に不審を感じ、もしや若い男と不倫をしているのでは、という不安にさいなまれており、いっぽうアセルスタンも、密かに恋しているベネディクタがハンサムなギリシャ人の医師と仲良くしていることに嫉妬していて、事件になかなか集中できないため、捜査ははかどりません。

しかし、こういうサイドストーリーのふくらみが面白く、ドハティーの筆力を感じさせます。また、ロンドン塔という特殊な構造の建物や、時代背景の古さを巧く利用したトリックには非常に説得力があり、現実的でもあります。まあ、16才の少女が父親を手斧で殺す、なんていう事件にさえ、あまり驚かなくなっている現代人にとって、こういう時代の話がどれだけ残虐に描写されていても、そのことにショックを受けたりはしないでしょうが、作り物としてのリアリティを追求したようなドハティーの創作姿勢には、私なぞはすごく感心してしまうのです。

ハヤカワからロジャー・シャロット、創元からはアセルスタンが出ているのですから、次は修道士カドフェルを出している光文社あたりに、密偵ヒュー・コルベットものか、カンタベリー物語シリーズ、あるいはタイムトラヴェル探偵セガーラのシリーズなどを翻訳して欲しいものです。どうでしょうか?

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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