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help RSS 『六つの奇妙なもの』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/09/03 23:58   >>

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ヴィンテージ・ミステリの発掘が各社でぼちぼち始まっていた、今から10年前のある日。私は1冊のアンソロジーを手にして驚喜していました。

それは、新樹社から出版された『これが密室だ!』です。編者は、イギリスきっての不可能犯罪マニア、ロバート・エイディーと、日本を代表する海外ミステリ研究家、森英俊の2人。収録された短編は全部で18篇あり、毎度おなじみのディクスン・カーやエドワード・D・ホックから、当時まだ日本では知られていなかったマックス・アフォードやジョセフ・カミングスなど、全く未知の作家たちにいたるまで、色とりどりの内容になっていました。

初めて読む作家というのは、いつの場合でも期待させてくれるものですが、こと密室ものとなると、古典の有名どころはすでに翻訳されていますから、逆に「大丈夫かいな?」と用心しながら読むことになります。そんな中、ひとつの短編に私は強い印象を受けました。クリストファー・セント・ジョン・スプリッグという長い名前の作家の手になるもので、『死は八時半に訪れる』という作品です。

その内容はこうです。すでに3人の資産家を殺している謎の殺人者“X・K”から、内務大臣のもとに脅迫状が届きます。それは「いついつまでに2万ポンドを払わないと、お前を殺す」というもの。X・Kの手口は巧妙で、これまで脅迫状を無視した者は確実に殺されていたのです。しかし今回は、殺人予告に日付と時刻までが書かれていたので、警察はそれを逆に利用して逮捕することを考えます。

イングランド銀行の金庫室を空っぽにした上で、そこに全面が防弾ガラスでできた、カギの掛かる箱のような小部屋を作り、大臣はその中に入ります。ガラスの小部屋の周囲には3人の警察幹部が座って、殺人予告の瞬間を待ち受ける、というわけです。小部屋のロックを解除する6桁のナンバーは大臣しか知らず、もちろん金庫室のドアも施錠され、そこにいたる通路は何重にも警備されています。ところが、予告の時刻である八時半が来た瞬間、大臣は苦悶しはじめ、見守る3人の目の前で、あっという間に息絶えてしまうのでした。

……とまあ、こんなの、どうやって解決するんだというほど強烈な謎ですが、タネを明かされるとガックリ。どういうトリックだったか知りたい方は、まだかろうじて品切れになっていない『これが密室だ!』をお読みいただきたいと思いますが、作者スプリッグはこの作品で2つの反則技を使っています。そのひとつは、かの『ノックスの十戒』や『ヴァン・ダインの二十則』に触れてしまうていのものです。

そしてもうひとつは、奇術で言うところの「何のタネも仕掛けもないよ」と、両手が空っぽであるところを観客に示す、肝心の部分が不十分であることです。「部屋を徹底的に調べたが、抜け穴はなかった」と言っておきながら、実は隠し扉があった、というのはインチキですが、それと性質的には大して変わらないことが、この作品では堂々とまかり通っていたのでした。

ただ、これを読んで私は、スプリッグという作家に興味を持ちました。掲載誌のオーダーで、締め切りまでに無理矢理、密室ものをひねり出そうとした結果、こんなものができあがったんじゃないか、という気がしたからです。謎の設定が魅力的で、ストーリーは私好みのケレン味に溢れたもの。そんなふうに感じるのは、カーのバカミスでも愛してしまう、私の呪われた血のせいかもしれませんが(w)。

スプリッグという作家は共産主義者で、スペイン内乱のときに義勇軍に参加し、その際に30才で亡くなっています。ミステリの長編は7つ、短編は2つしか残していません。そのわずかな長編は、欧米で一定の評価を得ているとはいえ、これ以上翻訳されることはないだろうな、と私は思っていました。ところがやってくれましたねえ、論創社さんは。この『六つの奇妙なもの』は昨年10月に出版され、非常に面白かったんですが、あまり話題にもなっていないので、改めてここでご紹介したいと思います。

『六つの奇妙なもの』はスプリッグが残した最後の作品で、彼の死後に出版されています。シリーズ探偵は登場せず、のっけからウィリアム・アイリッシュか、カトリーヌ・アルレーのようなサスペンスフルな展開で読み手をつかみ、後半になってから本格ミステリ的に着地する、という独特の構成になっています。不可能犯罪もありますが、このトリックは『死は八時半に訪れる』のと大差ない内容(現実味があるだけ、若干マシだとは思いますが)で、それは読みどころではありません。

この物語のヒロイン、マージョリーは20才。早くに両親を亡くしたため、たったひとりの伯父・バートンに育てられ、現在はタイピストとして慎ましく暮らしています。彼女にはテッドという婚約者がいますが、結婚するには収入が不十分なので、まだ踏み切れないでいます。しかし、バートン伯父は何かにつけて恩着せがましいことを言い、しかも非常にケチで、マージョリーのわずかな収入から生活費を取っているにもかかわらず、家計のことで口ゲンカが絶えないのでした。

ある日、伯父と激しい言い争いをして家を飛び出したマージョリーは、数日前、ある喫茶店で知り合った奇妙なふたり連れのことを思い出します。クリスピン兄妹と名乗るそのふたりは、マージョリーをじっと見つめ、話しかけてきました。そして、「あなたは自分の能力を無駄にしている。あなたには希有な才能がある。自分が生かされていないと不満を感じたら、私たちのところへいらっしゃい」と言われていたのです。

名刺を頼りに、クリスピン兄妹の家を訪ねたマージョリーは、そこでアシスタントとして働かないかと誘われます。仕事の内容もハッキリ教えてもらえず、住み込みが条件だというのですが、高給を提示され、「あなたならできる」と言われて、マージョリーは働くことを決心します。もちろん、婚約者のテッドやバートン伯父は反対しますが、クリスピンの妹ベラの説得もあって、結局、働き始めることになります。

翌日、マージョリーは何も聞かされないまま、クリスピンの家にある、真っ暗な部屋に入るよう言われます。そこにはクリスピン兄妹のほか、4人の男女がおり、降霊会が開かれていました。クリスピンは霊媒だったのです。マージョリーは戸惑いますが、トランス状態になったクリスピンから母そっくりの口調で話しかけられ、しかもマージョリー以外に知る者のない想い出が語られます。

それ以来、マージョリーは何度も降霊会に出席してアシスタントをつとめ、さまざまな現象を目撃して、クリスピンたちの能力を疑えなくなっていきます。そして、マージョリー自身にも霊媒の素質があると告げられます。そんなはずはないと思っていた彼女でしたが、やがて自分でも信じられないことに、降霊会のメンバーたちからも高く評価される霊媒になっていくのでした。

さて、婚約者のテッドは当初から、クリスピンをインチキ霊媒だと決めつけ、マージョリーが働くことを反対していました。しかし、クリスピンに心酔し、霊媒としても活躍するようになって、心身ともに変わっていくマージョリーは、次第にテッドを避けるようになり、ふたりの仲も悪化していきます。テッドはマージョリーを愛し続けていましたが、そんなある日、ふたりは言い争ったあげく決裂してしまいます。

その後テッドは、マージョリーをクリスピンのもとから救い出そうと考え、降霊会に偽名で出席します。会が終わったあと、喉が渇いたというクリスピンから水を要求されたテッドは、部屋の一角にある水道でコップを何度もすすいだ上、水を汲んで手渡します。その水を一口飲んだ途端、クリスピンは苦悶しはじめ、「人でなし! 本当に毒を盛ったな」と叫んで、絶命したのでした。

ここまでで、だいたい小説全体の3分の1ぐらい。警察の身体検査を受けたテッドのポケットから、青酸化合物の入った小瓶が発見されますが、クリスピンを殺した毒はストリキニーネでした。毒殺の方法はわからず(ここが不可能犯罪の部分)、なぜそれとは違う毒物がテッドのポケットにあったのかもわかりません(こっちのほうが、メインの謎と言えるでしょう)。そして、家宅捜索の結果、カギの掛かった引き出しから、用途のわからない“六つの奇妙なもの”が発見されるのでした……。

その後もたたみかけるように謎が発生し、プロットは錯綜します。事件の全体像がなかなかつかめず、誰が何の目的で何をしようとしているのか、おぼろげながらわかり始めるのは、3分の2を過ぎたあたりから。それでも謎はいくつも残り、読者を飽きさせない展開が続きます。少なくとも前半に関して言えば、ここ数年に読んだミステリの中で、もっとも面白いと感じた作品のひとつです。

巻末の解説では、“六つの奇妙なもの”について説明不足な部分があるため、これが決定稿でない可能性が示唆されていますが、私は特にそうは思いませんでした。解決部分に若干の不満を持つ方もいるでしょうが、それはプロットの破天荒さに比して、真相の提示の仕方があまり巧くないからだと思います。ミステリファンなら、絶対に読んで損はない作品ですが、ひとつご注意を。この本を読むときは、巻末の解説だけでなく、目次ページに書いてある各章のタイトルとか、登場人物の一覧表を、見ないで読み始めることをオススメしておきます。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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