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zoom RSS 『復讐はお好き?』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/12/19 23:51   >>

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妙に聞こえるかもしれませんが、カール・ハイアセンの小説を読んで、似ているなあと私が感じるのは、五代目古今亭志ん生の演ずる落語です。

志ん生の魅力について語り始めるとキリがないですし、志ん生を知らない方にハイアセンとの共通点を力説しても、「何言ってんのコイツ」と思われてしまうのがオチだと思いますから、詳しくは書きません。が、2人とも「的確で、笑える比喩の名手である」ということだけは書いておきたいですね。ハイアセンの面白さはもちろん、比喩だけにあるわけじゃないんですけど、それを笑いどころのひとつだと感じた方なら、きっと志ん生の落語を聴いて爆笑できるはずです。

ハイアセンはもともと新聞記者だった人で、当時の同僚であるウィリアム・モンタルバーノとの合作で3冊のクライム・ノヴェルを出したあと、コンビを解消。彼の作風の原点となる『殺意のシーズン』(扶桑社ミステリー・品切れ)で1986年に単独名義のデビューを果たし、現在までに11作の長篇と2冊のジュヴナイルを出している現役のベストセラー作家。ジュヴナイルは理論社から出ていますし、去年発表されたばかりの最新作を別にすれば、すべての作品が翻訳されています(ノンフィクションは除く)。

石田衣良とか児玉清といった有名人に熱烈なファンがいることや、翻訳率が極めて高いことからしても、ハイアセンが日本で一定の人気を得ていることは間違いないんですが、そのわりには、初期作のほとんどが絶版または品切れになっていますし、知名度もイマイチのような気がします。たぶんその原因は、どの作品も長くて、手にとってもらいにくいからじゃないでしょうか。これまでに翻訳されているハイアセンの長篇は、すべてハードカヴァーではなく文庫の新刊で出てるんですが、一番ページ数の少ない『ロックンロール・ウイドー』(文春文庫)でさえ、500ページを軽く超えてるんです。

ハイアセンの作品を刊行している文春文庫と角川文庫、そして扶桑社ミステリーの3者では、1ページあたりに印刷されている文字の量が違うため、ページ数だけで単純には比較できないんですが、既訳の長篇10作のうち半数が上下巻の分冊になっており、一昨年に出た『幸運は誰に?』(扶桑社ミステリー)など、トータル800ページを超えています。価格も上下巻で税込み1,780円。これじゃあ、京極夏彦あたりで免疫ができている日本の読者でも、尻込みしてしまうのが当然な気がします。

しかし、ハイアセンの小説は極めてテンポが良くて、すいすい読めてしまうのが特徴の一つ。不思議なことに、今回『復讐はお好き?』(文春文庫)を翻訳した田村義進氏が『ロックンロール・ウイドー』も担当しているのを別にすると、他の全作でそれぞれ違う人が訳しているんですが、幸運にもヘンテコな翻訳家にはあたらなかったようです。ですから、訳文のせいでリーダビリティが落ちているといったこともありません。児玉清さんは、原書を取り寄せて読んでるらしいですが。

そして、もうひとつの特徴と言えるのが、奇人変人がワラワラ登場すること。霞流一いわく、「奇人たちの闇鍋」。舞台はいつもフロリダ周辺で、基本となる世界観も共通したものであり、複数の無関係な作品に登場する人物も何人かいます(そういうのも実は、落語的だなあと感じる要素のひとつです)。『復讐はお好き?』の巻末にある訳者の解説には、スキンクという名キャラクターについて「深い森に住み、自然をリスペクトしない連中に壮絶な天誅を喰らわせる怪人」であり、ファンの間では「デニス・ホッパーが演じればぴったり」と言われていることが紹介されていますが、スキンクが「ハイアセン作品の唯一のシリーズ・キャラクター」というのは間違いです。

そもそも、今回の主役の1人であるミック・ストラナハンという人物は『顔を返せ』(角川文庫・品切れ)の主人公ですし、『トード島の騒動』(扶桑社ミステリー)に出てくるトゥイリーと思われる人物も、いわばカメオ出演みたいな形で顔を出しています。スキンクは、他社の翻訳では「キャプテン」と呼ばれていたのに、本書では「大尉」とわざわざ訳してあるのにも違和感があります。こんなことなら、児玉清さんに監修を依頼した方が良かったかも(w)。それはともかく、アパートで2匹の巨大なニシキヘビを飼い、近所の犬や猫がいなくなるたびに、自分の蛇が食っちゃったのではと不安を感じ続ける刑事をはじめ、今回も変なキャラが揃っています。

1人としてマトモな人間が出てこない中でも、最も印象に残るのは、身体中にびっしり剛毛が生えているために、遠目にはシャツを着ているように見える、いつも裸の大男・トゥール。馬鹿力だけのゴリラみたいな単純キャラかと思いきや、何とも不思議な魅力を発散してくれます。ひょっとすると、彼とモーリーンという婆さんの2人は、今後の作品にも再登場させるつもりじゃないかと思ったりしました。いや、単なるカンですけど。トゥールは、これまでのハイアセンが生み出してきたキャラとは、ちょっと違う感じ。というか、トゥールに対する作者の目線が、妙に優しいような気がするんです。

物語は、ヒロインであるジョーイが、結婚してまだ2年の夫チャズと豪華客船で旅行している最中、船べりからいきなり、夜の海に突き落とされてしまうシーンから始まります。彼女は奇跡的にも大したケガを負うことなく、鮫のいる海で漂流を続け、やがて小さな島で世捨て人のような生活をしている元捜査官・ミックに救助されます。ジョーイにとって、何とも理解できなかったのは、夫がなぜ自分を殺そうとしたのかということでした。何でも箇条書きにして考えるクセのある彼女は、理由をいろいろと挙げていきますが、納得できるような動機に思いいたりません。

ただ、チャズは性欲の塊のような浮気者の嘘つきで、ルックスだけは良いものの、口先のでまかせとセックスだけで世渡りしてきたような最低男。コネのおかげで何とか手に入れた博士号を持ち、小心者のくせに妙なプライドも持っています。ジョーイは、幼いころに亡くなった両親や、事故で失った前の夫のおかげで、莫大な財産を持ってはいるのですが、彼女が死んでもチャズには一銭も入らないことになっているので、遺産が目当てであることは考えられません。

やがて回復したジョーイは、「チャズはなぜ自分と結婚したのか」、そして「チャズはなぜ自分を殺そうとしたのか」という2つの疑問の答えを知るため、そしてチャズに対する復讐をするため、自分が生きていることを夫には隠したまま、ミックや友人たち、ニュージーランドに住んでいる兄など、周囲のいろんな人物の助けを借りながら、あの手この手でチャズに対するワナを仕掛けていきます。いっぽうチャズのほうは、彼の主張がいちおう認められて、ジョーイの件も事故として処理されそうになっていましたが、チャズの言動に疑いを抱くロールヴァーグ刑事は、執拗に調査を続けるのでした……。

ヒロインはとにかく大金持ちなので、復讐にもカネが惜しみなく使えるというシチュエーション。心の平穏をかき乱すような小さなことから、非常にスケールの大きなイタズラまで、ありとあらゆる手で夫を苦しめていきますが、このチャズという人物は本当に人間のクズみたいな造型なので、読者の良心が痛むようなことは全くありません(w)。チャズがジョーイを殺そうとした動機は前半のうちに(読者には)明らかになりますが、そのあともジェットコースター的な展開が続くので、とにかく理屈抜きに楽しめます。ハイアセンを初めて読むという方にも、自信を持ってお勧めできます。

ただ、『このミス』をはじめ、各社のミステリ・ランキング本で、本書が上位に来ていることには、やや違和感があります。確かにミステリ的な要素は含んでいるものの、本質的には風刺小説であり、「読んで面白い小説ランキング」なら第1位でもおかしくないでしょうが、これをミステリとして扱うのは、評価軸が違うんじゃないの、と感じるんです。こうなってくると、江戸川乱歩が世界の短篇ミステリのベストを選んだ時のような、「謎解き系」とか「奇妙な味系」などの分類を導入するべきじゃないのか、と思ってしまいました。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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