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help RSS 『蜃気楼島の情熱』 を失敗作だと考えるワケ(その2)

<<   作成日時 : 2007/12/02 23:57   >>

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前項の続きです。竜宮城と呼ばれるヘンテコな大豪邸で、島の主人の妻・静子が殺され、そのそばにガラスの義眼が転がっていたところから。

静子ののどには大きな拇指のあとかふたつ、生々しく残っており、殺害されたことは明白でした。その後、静子の死亡推定時刻は午後11時から午前1時の間と判明します。金田一耕助と久保銀造は、嵐のため竜宮城に泊まっていた村松病院の長男・徹を問い詰め、亡くなった次男・滋の通夜の席で何があったのかを聞き出します。それは、志賀泰三にとっては衝撃的だといえる出来事でした。

村松院長が、滋の遺言だとして、通夜に出席した大勢の弔問客たちの前で、暴露話をしたのです。それは、「滋は、静子が泰三と結婚するずっと前から、彼女と恋愛関係にあり、その交渉は結婚後も続けられていた」ことを、死ぬ前の滋が告白し、おじさん(泰三)に申し訳ないことをした、自分が死んだらこのことを告げて、よく謝っておいてくれ、と遺言したというものでした。

静子の立場も考えないで、よくも満座の前でそんな話ができたものだと、銀造は徹に怒りをぶつけます。しかし徹は、村松医師には結婚の時に媒酌人をつとめた責任もあるし、こんなことになるとは思わず、一応、耳に入れておこうと思ったのだろうと弁解します。しかし、静子と滋の関係は三ヶ月前まで続いており、静子のお腹の中の子どもは、もしかすると滋のかもしれない、ということまで村松院長が人々の前で話したと聞き、銀造はいよいよ激怒します。

そのあと、徹がランチを使わずに帰ろうとして、お秋さんに「自転車をかしてほしいんだが……」(島と本土の間は、狭い桟道で繋がっているので)と言うと、その自転車はいつの間にか壊れていたという答えで、徹は仕方なく、傘を借りて歩いて帰ります(ちなみに、歩くと一時間ぐらいかかるという記述があります)。

金田一はお秋さんに、静子は裸で眠る習慣があったのかと訊き、そんなことはあり得ないという答えを得て、「誰かが裸にした」のだと考えます(着物は衣桁に掛けられていました)。また、静子には、寝間着を布団の下に敷いておいて、キチンと折り目を付ける習慣があったことを聞き出します。さらに、滋と静子の秘密の関係が続いていたことを知っていたかと訊くと、結婚前ならいざ知らず、そんな馬鹿なことは考えられない、「これだけ大勢奉公人がいるのですから、そういうことがあればすぐしれますし、第一、そんな方じゃございません」と言うのでした。

お秋さんは他にもいろいろなことを証言します。村松家は志賀にとって唯一の親戚で、静子の妊娠後は村松院長がしばしばここを訪れており、また娘の田鶴子もしょっちゅうここに来ること。静子の寝所の枕もとには、お手伝いさんを呼ぶためのベルがあり、夜中の12時ごろ、そのベルがちょっと鳴ったので、駆けつけて部屋の外から声をかけたけれど、返事がなかったため、間違って鳴らしたのだろうと思い、引き返したこと。自転車は、今朝見ると泥だらけになって壊れていたこと、などです。

やがて金田一と銀造は、ランチの座席と壁の間に、腕輪が落ちているのを発見します。普段、ランチを運転している佐川少年に訊くと、それはたぶん静子の物だろうとの答え。そこで、最近静子がランチに乗ったのはいつかと尋ねると、「もうずいぶんまえのことです。お腹が大きくなられてから、乗り物に乗るのをできるだけひかえていらっしゃるんです」との答えでした。佐川少年は毎日ランチの中を掃除しており、以前から腕輪が落ちていたのならとっくに気付いていたはずだ、と話します。

このランチの座席は、上の板がフタのように開いて、中に物が入れられるような構造になっています。調べてみると、その中はごく最近、誰かが洗ったらしく濡れていました。佐川少年にそのことを尋ねると、今朝洗おうとしたらすでに綺麗になっていたので、徹が掃除したのだろうと思い、礼を言うと、通夜の帰りに、泰三が船の中で吐いたから代わりに掃除をしたと答えた、と言います。しかし金田一と銀造は、泰三が吐いたりしてはいなかったことを覚えていたのでした。

【これより先、危険】……ネタバラしをしますので、未読の方はご注意ください。

磯川警部は志賀泰三を静子殺しの犯人だと考えます。が、金田一は上記の証言などに加え、自転車の壊れ方がひどいことや、田鶴子がケガをしていること、ランチの座席下から見つけた毛髪、静子がズロース(つまり、パンティ)をはいていて、それに血がにじんでいたこと(あれ?腰巻きひとつの死体って書いてあったのに)、樋上四郎が夜中、静子の部屋を訪れたとき、不在だったと証言したことなどを材料に、銀造や磯川警部たちに事件の真相と称するものを語ります。正直言って、推理を組み立てるというよりは、単なる憶測を重ねているだけなのですが……。

まず、結論から書いてしまいますと、静子殺しは村松家の人々全員(院長、妻の安子、徹、田鶴子)による共謀だというのです。

動機は、(1)孤児だった静子を引き取り、看護婦として使っていたら、その静子が泰三に見そめられて金持ちの妻になった、ということに対する嫉妬。そして、(2)静子が殺され泰三が犯人として逮捕され処刑されれば、いずれその財産が自分たちのものになる、という欲望。さらに、(3)滋を裏切って結婚した静子と、彼らを引き裂いた泰三に対する復讐。それらが複合的に重なった末の犯行だ、と金田一は推測します。この推測には根拠はなく、村松家の人々と話をしたときの印象に基づいているだけです。

これ、一見もっともらしい動機のように見えるのですが、ちょっと無理がないですか? そもそも、泰三と静子の結婚について、媒酌人をつとめたのは、誰あろう村松院長夫妻。これだけでも、(1)は成り立たない気がします。泰三の資産に羨望や嫉妬を感じていたのなら、娘同然に育てた孤児の静子と、泰三の結婚など許さなければよかったんです。しかも静子は、息子の滋とは恋仲。滋は当然、この結婚には反対だったはずです。その時点で、彼は何も言わなかったんでしょうか。というわけで、(3)も少々変です。一番強い動機になりそうな(2)に関しても、泰三が遠縁にすぎない村松一家に遺産を残す保証などどこにもなく、きわめて頼りない話です。

まあ、でも動機の話は、これで良しとしましょう。だいたい、横溝ミステリには説得力のある動機が描かれることのほうが少ないぐらいですから。これでもマトモな部類と言えなくもありません。しかし、犯行が行われたプロセスの部分となると、全くむちゃくちゃと言わざるを得ません。何がおかしいって、静子の行動があまりにも変なのです。

静子は、「滋の死に顔を見に来い。来なければ、滋との関係を泰三にばらす」とおどされて、誰にも気付かれないように島を抜け出し、通夜の行われている村松家へ自転車でやってきて、そこで一家に殺された、というのが金田一の推理です。でもこれ、いくらなんでもあんまりじゃないでしょうか。まず、理由は何にせよ、滋の死に顔を見に来いと言われたのなら、通夜に出席する泰三にくっついて行けば良いだけの話でしょう? 自分が娘同然に育てられた家の息子が亡くなったのだから、むしろ出席しないほうが不自然じゃないですか。身重の体で、必死こいて自転車で行く必要など、どこにもありません。

次、出発点である竜宮城には大勢の奉公人がいます。こっそり抜け出せますか? 到着点である村松家では通夜が行われ、大勢の弔問客や葬儀関係者などがいます。身重の女性が自転車に乗ってやってきたのに、誰にも気付かれない、なんてことがあり得るでしょうか? しかも、静子は村松家で殺され、その死体は、泰三や金田一たちが島に向かうとき、ランチの座席の下に隠されていたことになっています。つまり、竜宮城の奉公人たちは、短く見積もっても10時間以上、静子の不在に気付かなかったことになります。そんなことがありうるでしょうか?

そして、ランチに落ちていた腕輪の件。静子の死体が裸だったのは、狭い空間に押し込むためだったと、金田一は推理します。静子は自転車に乗るために、ふだんの和服ではなく洋装しており、ズロースをはいていたのはそのため。つまり、村松家で静子は殺されて裸にされ、ひそかにランチまで運ばれたことになります。それもかなり無理な気がしますが、しかし、腕輪はいつ落ちたんでしょうか。ダイヤ入りの大きく豪華な腕輪だとのことなので、裸にしたときに気付かないはずはないと思いますが、百歩譲って、ズロースと腕輪だけの状態で静子の死体がランチに運ばれたのだとしましょう。ですがその後、痕跡を隠すために、徹はこの周辺を掃除しているのです。髪の毛程度なら見落としたとしても、腕輪に気付かないもんでしょうか。誰かが、何らかの意図でそこに置いた、と推理するほうが理にかなっていませんか?

金田一は、静子が島を出たことを気付かせないため、静子が乗ってきた自転車に田鶴子が乗って島へ行ったと推理します。ところが道が狭くて暗かったため、田鶴子は転倒してしまい、自転車が壊れ、ケガをしたというのです。それはまあ良いとしても、静子を裸にしたもう一つの理由は、島へ自転車で戻る際の田鶴子が人に見られても、静子の服を着ていれば怪しまれないから……と推理するのですが、これはもうむちゃくちゃでしょう。だって、村松家の人々にすれば、静子が島を出たことを知られるのが一番まずいはず。普通に田鶴子が田鶴子として認識されるほうが、よっぽど安全じゃないですか。

さて、この物語中で、もっとも理解しがたい存在は、樋上四郎という男です。彼は泰三の前妻を殺した男であり、激情家の泰三にとってみれば憎んでも憎み足りない相手のはず。それがなぜ、客のような待遇で竜宮城にいるのか、その理由は全く説明されていません。しかも彼は、泰三が通夜に行って留守の夜12時ごろ、体調が悪いからと寝ている人妻・静子の部屋に行ったと証言しています。もうこれなんか、横溝が何を考えてこんな人物を登場させたのか、理解に苦しみます。何らかの裏設定(アメリカ時代、前妻イヴォンヌを殺したのは実は泰三で、樋上はその罪をかぶって服役したのだとか)があったのならまだしも、そういったことは一切語られません。

矛盾点、不自然な点、理解できない点は、細かく見ていけばまだたくさんありますが、最後にもう一つ。静子の死体の枕もとに転がっていた滋の義眼の件。これについては、以下のように説明されています。泰三は、静子が滋と恋仲であったことを以前から知っており、静子に滋との最後の別れをさせてやりたいと思って、義眼を棺の中の滋の遺体から抜き取り、持ち帰ったのだ、というのです。もう何をかいわんや、という感じ。義眼がなくなっていたことは、村松家の人々は知らなかったようですから、泰三はこっそりそういうことをしたことになるのですが……どう考えても無理な上に、泰三の心理も理解できません。

いかがでしょうか。根幹となる、静子殺しの犯行プロセスに大きな矛盾があり、行動原理の理解できない登場人物ばかりで、動機も納得できない。金田一の推理もツッコミどころ満載。これを失敗作だと言わずしてどうするんだ、と私は思います。私は熱心な横溝ファンで金田一ファンのつもりではありますが、好意的に見てもこの『蜃気楼島の情熱』は、長篇を書くためのプロット準備稿という感じしかしません。ましてやこれを名作と呼ぶなんて、他の名作群に対する冒涜じゃないでしょうか。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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コメント(2件)

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ニコです。二日間にわたる丁寧なご説明で、いろんなことがよくわかりました。すごいです〜。
目のつけてるとこが違うというか、すーっと読み流していたら気づかないことってたくさんあるんですね。なっとくです。

今後はもっと、注意深い読者になろうと思います。ありがとうございました。
ニコ
2007/12/04 09:57
いえいえ、どういたしまして。
実はミステリ以外の本を読んでたり、本業が忙しかったりで、ネタ切れ気味でしたから、かえって助かりました(w)。
そろそろ、『ミステリ講座の殺人』とか『道化の死』、『ぶち猫』、『ノヴェンバー・ジョーの事件簿』といったあたりにとっかかります。
のちんかん
2007/12/04 21:06

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