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zoom RSS 『大鴉の啼く冬』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/12/29 23:52   >>

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本格臭のほとんどない、でもガチンコの本格フーダニット。ミステリとしては極めて地味な作品ですが、真犯人を隠すテクニックはおみごとです。

“無人島の一冊”という言葉がありますよね。何の娯楽もない無人島で暮らさざるを得なくなった場合、読書好きなあなたが持っていく一冊は何か、というヤツ。この『大鴉の啼く冬』(創元推理文庫)の作者、アン・クリーヴスが1986年に発表した作家デビュー作、“A Bird in the Hand”は、真の意味で無人島の一冊です。なぜかというと、彼女がこれを書いた場所が電気も水道もない孤島で、住人は彼女と夫の2人だけだから(w)。結婚したのは1977年のことらしいですから、新婚さんと呼べる時期も過ぎています。あまりの手持ち無沙汰が、彼女を作家にした、というわけです。

ですから、彼女の作家キャリアはもう21年にもなります。ほぼ毎年一冊のペースで長篇を書いているので、今年出版された最新作がちょうど20作目。『大鴉の啼く冬』は去年書かれた第19長篇なのですが、彼女が日本に紹介されるのはこれが初めて。この本の出版のタイミングに合わせて、雑誌「ミステリーズ!」に短篇がひとつ掲載されています。今のところ、この2作品が翻訳された全て、ということになります。私はこの短篇『運転代行人』のほうを先に読んだので、サスペンス系の作家なのかと思っていました。

『大鴉の啼く冬』は、タイトルの通り真冬の話。しかし翻訳出版されたのは7月ごろでしたから、季節が合わない気がして、積ん読にしていました。でも私が調べた範囲では、今年の海外ミステリ中、「インポケ」・『このミス』・『本ミス』・『ミス読み』・「週刊文春」の全てのランキングで上位に入ったのはこの作品だけ。今年の内に読んでおかないと、自前のランキングも画竜点睛を欠くというもの(w)。大晦日が元日に変わったばかりの深夜から始まる物語は、まさに今の時期に読むのにピッタリです。

ただ、人によっては、寒いときに体感温度の低い小説を読みたくない、と思ってしまうかもしれません。この本、とにかく寒くて寂しいんです。私はかねがね、フィンランドのヤルヴェンパーというところに旅行して、視界360度が雪と森だけの環境に埋もれてみたい、という願望を持っているような人間なので、気にはなりませんでしたが。いや、「かもめ食堂」とは関係ありません。シベリウスが大好きなだけです。それもこれも、雪の日が年に3日あるかどうか、という土地に住んでいる人間の、無責任な夢想に過ぎないんですけど。

さて、この作品のコピーには、“シェトランド四重奏”開幕、なんて書かれています。要するに、同じ舞台に同じ探偵役の四部作の第一弾、ということなんでしょう。シェトランドというのは、イングランド本島とノルウェイの間に浮かぶ、ひとかたまりの島々のこと。巻末の解説によると、緯度はアンカレッジやヘルシンキとほぼ同じで、対岸とされるアバディーンやベルゲンからでも、フェリーで14時間かかるという最果ての地です。島は実在しますが、事件が起きるレイヴンズウィックという集落は架空のもの。巻頭に置かれたシェトランド諸島の地図を見ても、どこなのかは書かれていません。

クローズドサークルものではないのですが、雰囲気はそれに近く、数少ない住民はすべて顔見知りで、作中人物の言葉を借りれば「ここでは誰にも気づかれずにおならもできないのだ」というような土地柄。そのくせ、もともとの住民と移住してきた人々の間には、微妙な対立感情みたいなものがあり、探偵役であるジミー・ペレス警部も、立場的には複雑なポジションにあります。彼はシェトランド諸島の中で最も辺鄙な島の出身者なので、ここではやはりよそ者的感覚があり、祖先の血によるスペイン人みたいな容貌のせいもあって、周囲から浮き上がっているんです。

しかも彼には凶悪犯罪の捜査経験がなく、イングランド本島から呼び寄せられたテイラー警部とは同格でありながら、捜査責任者としての立場も明け渡さざるを得ません。同僚や部下たち、レイヴンズウィックの人々、そしてテイラー警部も、最初からある人物を犯人だとみなしている中、ひとり反発して捜査を続けるバツイチ子どもなしのペレス警部には、孤独感が強く漂います。雪のシーンばかりが続く舞台設定とあいまって、物語全体は寒さに包まれている感じです。

このペレス警部を含む4人の登場人物の視点を切り替えながら、ストーリーが語られていきます。その全員が、みんな孤独な内面を読者にさらけ出していきますが、描き方はとても淡々としているので、やたらと暗い話になっているわけでもありません。文章も細やかで綺麗です。訳文には若干おかしなところもありますが、まあ適訳といって良いでしょう。しかし、ユーモアのある場面はほぼゼロに等しく、その意味では読み手を選ぶと思います。殺されてしまう少女はパソコンを使って自作の映画を編集し、ディスクに記録していたという描写もありますから、時代設定はまさに現代のお話です。

物語は、新年を迎えたばかりの深夜、一人暮らしの老人マグナスが訪問客を待っているシーンから始まります。といっても、彼を訪ねてくる人のあてはなく、実際この8年間というもの、誰1人この家に近づいていませんでした。マグナスには少し知的な面の障害があり、母親が生きていたときはその言葉通りに生きていたのですが、現在は孤独に暮らしています。8年前、当時11歳だったカトリオナという少女が失踪した事件が起きていて、彼が殺したのではないかという疑いがかけられましたが、証拠はあがらず、死体が見つかったわけでもありません。でもそれ以来、住民たちはマグナスを完全に避けるようになったのでした。

しかしその夜、マグナスの家に2人の少女が突然やってきます。金髪のサリーと黒髪のキャサリン。サリーはふっくらした可愛いタイプでしたが、マグナスはキャサリンのほうに目を奪われます。彼女たちは16歳の高校生で、大きな町であるラーウィックで行われていた年越しパーティの帰りに、いわば肝試しのようなつもりでこの家に寄ったのでした。サリーの両親は教師で、絶対にマグナスには近寄るなと厳しく言われており、彼に恐怖と嫌悪を抱いています。しかし、ここに移り住んでまだ一年のキャサリンは自立心が強く、サリーの気持ちにはお構いなしにふるまいます。

その4日後、暴風雪が止んで久しぶりの陽光が差してきた日の早朝、キャサリンはマグナスの家から近い丘のふもとで、雪の上に横たわった死体となって発見されます。彼女は自分のマフラーで首を絞められており、死体はカラスにつつかれて無惨なありさまになっていました。発見者となってしまったのはフランという女性。彼女は地元の有力者である夫のダンカンと別れ、5歳の娘キャシーを1人で育てています。フランは死んだキャサリンに、時々キャシーのベビーシッターを頼んでいたので、よく知っていたのでした。

シェトランドでは前例のない凶悪事件を担当することになったペレス警部は、聞き込みの結果、死の前日にキャサリンがマグナスと一緒にバスから降りて歩いていったと聞き、彼の家を訪ねます。警部が死体を発見されたことを告げると、マグナスはそれがキャサリンのものだと知っているそぶりを見せます。その様子から、警部は8年前のカトリオナ失踪事件のことを思い浮かべてしまうのでした。誰が、何の理由でキャサリンを殺したのか。捜査を続けていくにつれて、キャサリンと彼女を取り巻く人々の、意外な姿が浮かび上がってくるのでした……。

登場人物はかなり多く、一覧表は裏表紙の見返しにまで及んでいますが、その描写は的確です。前述したように、ストーリーの語り手となるのは4人で、それはマグナス、サリー、フラン、そしてペレス警部です。彼らが見たものや感じたこと、そして日常の生活に至るまで、非常に細やかなタッチで描き出されていくので、読者という傍観者の立場にありながら、私は自分がレイヴンズウィックの住人の一員になってしまったような気持ちになりました。小説としての面白さはそういうところにあるので、これが本格ミステリなのだということを感じずに読み進んでしまいます。

しかし、その裏にはしっかりとした作者の企みがあり、終わり近くになって突然(!)、本当に突然に、ある人物が犯人であることを示唆する一文が目に飛び込んできた瞬間には、目を疑ってしまいました。この作品には、いわゆるミステリ的なガジェットは何もなく、アリバイ調べすらほとんど重視されないような流れなので、余計にショックが大きかったのだろうと思います。

とはいえ非常に地味なことも確かですから、ケレンを求める人には向かないでしょう。面白さは保証しますけれど。そんなわけで、作者アン・クリーヴスにとって、この作品が最初に翻訳されたことはベストの選択だったのかなあ、と人ごとながら心配にもなりました。「ウォーショースキーというよりはネロ・ウルフだ」という評判の女性警部、ヴェラ・スタンホープを主人公にした作品を先にしたほうが、人気もあがりやすかったんじゃないでしょうか。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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