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zoom RSS 『密室キングダム』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/12/04 23:57   >>

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ある意味、このタイトルはミスディレクションの一種なのかもしれないと、ずっと感じ続けながら読みました。それにしても長い作品ですねえ。

柄刀一という人は、光文社文庫の『本格推理3』に収録された『密室の矢』でデビューしたときには、ちょっと地味な印象でした(同じ本の中で、奇しくも三津田信三がデビューしています)。しかし、この『本格推理』シリーズに発表された3つの短篇を中心に、連作集『OZの迷宮』という形でまとめられたときには、なかなかテクニカルなことをやる作家だなあ、という印象に変わっていました。そして現在というと……うーん。この『密室キングダム』(光文社)という大長篇、どこか気負ったタイトルからすると、何やらこれまでの総決算なものを書こうと意気込んだようなムードがありますが、できあがった作品には、作中の探偵役の行動と同じように、何か作者の迷いも感じました。

『OZの迷宮』(光文社文庫)は、3人の探偵役がリレーしていくという、特異なスタイルになっていました。その3人目として登場するカメラマン・南美希風(みなみ・みきかぜ)が、『密室キングダム』でも探偵役をつとめます。ただし、本編での年齢は、これまでの登場作品より若返っていて、浪人生という設定です。心臓病を抱えており、それがワトスン役の姉・美希子の心配のタネ、ということになっています。美希風は天才マジシャン・吝一郎(やぶさか・いちろう)のマジック・スクールの生徒であり、そのことが事件に関わるきっかけになります。

それにしても、「吝」なんて姓を、作者はなぜ使ったんでしょうか。島根県を出自とする名家、ということになっているのですが、「吝」とは「ケチ」のこと。「吝家(やぶさかけ)」と書いてあると、古典落語ファンの私としては「しわいや」(=ケチンボ)と読んでしまいそうになります。登場人物に変な名前を付けたがるのは、新本格系の作家の特徴ですが、あまりにそぐわない漢字を持ってくると、雰囲気がぶちこわしです。1770枚もの大作なんですから、それなりの準備期間もあったでしょうに。むろん、現実の人名とできるだけかぶらないように、という配慮なのかもしれませんが、だからといって名家に「吝」はないでしょう。

長さについて言えば、有栖川有栖の『女王国の城』(東京創元社)が1200枚だそうですから、その1.5倍にもなるわけですが、実感としては同じぐらいの感じ。それだけ『女王国の城』が冗長だったということでもあります。しかし、『密室キングダム』にも、これほどの枚数は必要なかったのではないでしょうか。蛇足的な記述とか、ワトスン役の余計な心理描写などが、かえって緊張感を削いでしまっています。最近の柄刀ミステリ最大の欠点は、サスペンスに欠けることだと思うんですが、今回の場合も探偵役の心臓病が一番のサスペンスというのでは、しょうがありません(w)。

ところで、密室といえばディクスン・カーという名前が真っ先に浮かぶ、古くさい本格ミステリファンとしては、当然『密室キングダム』などというタイトルの本に、カー的な要素を期待してしまうわけですが、読んだ印象としては、エラリイ・クイーンの影響のほうがずっと強いように思われます。これはまあ、柄刀氏の他作品からも感じ取れるんですが、今回の場合は、より具体的なのです。たとえば探偵役の行動には『ギリシャ棺の謎』が、状況設定には『オランダ靴の謎』や『チャイナ橙の謎』が、そしてロジックには『エジプト十字架の謎』が、それぞれモロに投影されているように見えるんです。

密室状況は五つ登場し、50ページほど読んだところで最初の三重密室事件が起きてからは、事件の発生とそれに対する推理と検討が繰り返されるパターンが続くので、大長編にしては起伏に乏しいストーリーですし、フーダニット的に言っても、常識的に考えれば容疑者となりうる人物はわずかしかいませんから、犯人の見当は早々についてしまいます。まあ、二番目に起きる和風密室事件が、ある程度は目くらましとして機能するのですが、作者はわりとあっさり、それを放棄してしまいます。

したがって、フーダニット的な面白さはあまり感じられません。では不可能犯罪ファンとしてはどうなのかといえば、これまた高い評価はできません。最初の被害者となる人物が天才的なマジシャンであり、探偵役は彼に師事し、才能を買われていた浪人生という構図であるため、密室殺人の話なのに、何だかステージ・マジックの話でも読んでいるようで、まるっきり緊迫感というものがないんです。謎解きのほうも、捨て推理となるものを含めて、ほとんどが物理トリックの話に終始してしまい、文中にはやたらと犯人の天才性を畏怖するかの如きフレーズが出てくるのですが、それがむしろ安っぽさを醸し出してもいます。

物語の冒頭にはプロローグ、終わりにはエピローグがあって、枠物語のような形になっており、本編が南美希風の浪人生時代の話であるのに対して、枠部分は現在時間の描写になっています。この枠部分、作者としては、いわばお遊びのようなつもりで、本編を書き上げたあとに付け足したのではないかという気がします。いずれにしても、この部分は蛇足的。これだけ長い長篇を、無駄に長くしているだけです。また、エピローグに書かれている出来事については、「山崎医師には、なぜ他の考えが浮かばなかったのか」という根本的な疑問を持ちました。ひょっとすると、作者は自分で作ったキャラクターを一人、忘れてしまってるんじゃないでしょうか。

何しろ大長篇なので、いつものようにあらすじをクドクドと書くのはやめて、その代わりに五つの密室事件について少し、自分の心覚えのつもりで書いてみます。まず、最初の密室。“壇上のメフィスト”とか“ダンジョン・イチロウ”といった異名を持つ天才マジシャン・吝一郎が、先天的な病気による手の麻痺から奇跡的に回復、その復活公演が行われた晩の事件です。くじ引きで観客を限定したうえ、舞台を自宅に移動して、そこで披露される予定だった脱出マジックのさなかに、一郎は自ら入った棺の中で、胸に杭を打ち込まれて死んでいるのが発見されます。棺には内側から南京錠がかけられており、棺が置かれていた部屋のドアや窓も全てが施錠されていて、カンヌキまで掛かっていました。しかも、部屋の周囲には取材に訪れた記者たちがたむろしている、という三重密室です。

密室事件二つ目は、ある関係者の家で起こります。離れのような建てられ方をしている部屋で、被害者は胸に枝切りバサミが突き立てられた状態で発見されるのですが、窓は出入りできる状態ではなく、二箇所あるフスマは木の枝とハサミでそれぞれ人為的に固定されていた、という和風密室。庭から部屋へと、何か引きずられたような跡が残っており、濡れ縁も泥だらけになっていました。しかし、犯人のものと思われる足跡は発見されず、これも一種の二重密室の様相を呈しています。

舞台を再び吝邸に戻して、密室第三弾。ある貴重な記録が書かれた図録を収めた図書室で起きる事件です。窓の外から近づいた警察関係者たちが、図書室の中で炎が上がっているのを見て、大慌てでドアへ回ると、見張りに立っていた警官が殺されていました。内側から施錠されたドアを蹴破って入ってみると、椅子や机などを焼却炉のように組み上げられ、図録が燃やされていた、というもの。図書室から通じる袋小路部分では、酸欠のために瀕死の状態になった別の人物も倒れていました。これは、死者がドアの外、容疑者がドアの中という、一種の逆密室であり、出入り口の外に監視者がいる二重密室にもなっています。

四つ目の密室は、大きな物音をきっかけに、ドアの前に人々が集まり、鍵穴から中を覗いてみると、マントに仮面という怪人物が立っているのが見えたため、ドアをぶち破ってみると怪人の姿はなく、その代わりにロープでグルグル巻きにされ、手錠を掛けられ椅子に縛りつけられた被害者がいた、というもの。出入り口は例によって全て厳重に閉じられています。被害者は首を絞められて死にかけており、救急車で搬送されますが、結局助かりませんでした。これは犯人消失がテーマの密室です。

最後の密室は、真相がほぼ暴露されてから謎を追加するもの。そのためか、他の密室に比べると、それほど手が込んではいません。真犯人と目される人物が逃げ込んだと思われる一室のドアに、女神の絵が貼られており、ドアをぶち破って入ってみると、燃えさかる暖炉の中に上半身を突っ込んで未知の人物が死んでいた、という状況。ちょっと『モルグ街の殺人』を思わせますが、ここでもまた、出入り口は全てふさがっているという謎が描かれています。

物語の中心テーマが密室であることは間違いなく、中でも最初の密室に一番のウエイトが置かれているのも確かなのですが、実現可能な捨て推理が提出されたのちに、ちょっと掟破りなパターンが持ち込まれていて、これは密室に対する皮肉小説なのかと思ってしまいました。『密室キングダム』というタイトルそのものが、一種のミスディレクションなのではないか、と思ったのはそのためで、以後ずっとそのことが頭から離れませんでした。二つ目の密室が、発想としては最もユニークなのに、あっさりと解決してしまうのも、その皮肉な面を強調してしまっています。

三つ目の密室は物理と心理の組み合わせものですが、その物理部分がやや理解しにくく、魅力を半減させています。四つ目の密室には、そういう物理部分を説明するための図が挿入されていますが、三つ目にも図があったほうが良かったんじゃないでしょうか。最後の密室は、トリック的には小ネタといったところ。まあ、事件を収束させるために必要な事件を、あえて密室事件にしてみせたという感じです。年季の入った不可能犯罪ファンなら、四つ目と五つ目の密室に関しては、それほどの謎は感じないでしょう。

ただ、いわばもう一つの真相というべき、隠されていたある事実に関しては、あからさまに伏線が張られていたにもかかわらず、完全に裏をかかれてしまいました。よくよく考えてみると、作者はむしろこれがやりたくて、この長大な作品を仕上げたのではないか、という気さえしてきます。密室の連発という、ストーリー性を最初から放棄してしまったような物語の組み立て方自体、その仕掛けのためのものだったのではないか、ということです。

このへんを今年の代表的な国産ミステリ、三津田信三の『首無の如き祟るもの』(原書房)あたりと比べると、非常に武骨なやり方に見えるのですが、それも柄刀氏の個性からくるものだとすれば、納得することは可能です。でも、探偵役が「僕の推理は、犯人の掌の上で展開しているだけなのではないでしょうか」などと迷い続けてしまうように、作者自身も「こういう構造のミステリが、読者に果たして受け入れてもらえるのだろうか」と迷っているのではないか。私にはそんな気がしてならなかったのです。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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