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zoom RSS 『道化の死』 を読んで。

<<   作成日時 : 2008/01/12 23:57   >>

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クリスティと並んで、コリンズ社の二枚看板の一人だった女性ミステリ作家、ナイオ・マーシュの後期代表作。不可能犯罪ものの佳作です。

これは、ヴィンテージ・ミステリ復権の火付け役となった、国書刊行会の「世界探偵小説全集」シリーズ全45巻の掉尾を飾るにふさわしい作品でした。作者ナイオ・マーシュは舞台女優・演出家・脚本家としても活躍し、「ニュージーランドの演劇界をひとりで復興した」とまで賞賛された人で、作品の多くにはその演劇的なセンスが生かされています。アガサ・クリスティ、ドロシー・L・セイヤーズ、マージェリー・アリンガムとあわせて「黄金時代のイギリス四大女流作家」のひとりとされていますが、マーシュは生まれも育ちもニュージーランドで、イギリスで生活した期間は3年ほどしかありません。

ミステリ作家としてのデビュー年齢は39歳と高く、第1長篇『アレン警部登場』(論創社)が出版されたのは1934年のこと。また、最後の4長篇は80代になってから発表されています。そのためか、エラリイ・クイーンの2人やディクスン・カーより10歳も年上なのに、「ポスト黄金時代の作家」とみるむきもあります。しかし、『アレン警部登場』を読めばわかるように、初期作はクリスティの影響が大きく、イギリスで人気を博したのもそのせいでしょう。全部で32作の長篇ミステリを残していますが、これまでに翻訳された長篇は抄訳を含めても9作にすぎません。

しかもそのうち、現在でも容易に手に入るのはたった4作です。同じ「世界探偵小説全集」の一冊として出された『ランプリイ家の殺人』ですら、もう重版未定の品切れになっている始末。全作品が翻訳されたクリスティ、セイヤーズに続き、最近次々に翻訳されているアリンガムと比べると、冷遇が目立ちます。ガチガチの本格作品ばかりの中から、わざと地味な作品ばかりを選んだような、これまでの翻訳事情が災いしているのかもしれません。この『道化の死』によってマーシュの再評価が進むことを、切に望みたいですね。彼女の未訳作品には、面白そうなものが多いですから。

すべての長篇で探偵役をつとめるのが、スコットランド・ヤードのロデリック・アレン主任警部(のちに警視)です。准男爵家の生まれで、「スペイン貴族と修道僧を足して2で割ったような」と描写される、物静かな長身の好男子。しかし、セイヤーズのピーター・ウィムジー卿などと違って貴族っぽさはなく、日本人が普通に思い浮かべる、上品なイギリス紳士のイメージです。『道化の死』は1956年発表の第19長篇なので、アレンはすでに警視に昇進しており、相棒的存在のフォックス警部とともに、辺鄙な寒村で起きた不可解な事件の謎に挑みます。

物語は、冬至のころ、南マーディアンという小さな集落に、ビュンツ夫人という丸々肥えた初老の未亡人が訪ねてきたところから始まります。ビュンツ夫人はドイツ人で、民俗学の熱心な研究者であり、イギリスの古い風習やダンスといったものに強い興味を持っている人物。「ヨーロッパ民間伝承における両性具有」という本を執筆中で、彼女が所属している〈古代風習協会〉を設立した、ある貴族の遺言にしたがって、この村に伝わっている〈五人息子衆のマーディアン・モリスダンス〉に関することを調べに来たのでした。

このダンスは豊穣を祈るためのもの。マーディアン・キャッスルと呼ばれる城館の中庭で、冬至のあとの最初の水曜日に踊られる習わしになっています。が、村の人々は排他的で、マーディアン・キャッスルの94歳になる女主人デイム・アリスも、ビュンツ夫人を冷たくあしらい、ダンスについては何も教えてくれないばかりか、ボイラーを修理してくれと鍛冶屋に伝言するよう言いつけ、さっさと自室に引きこもってしまいます。しかしビュンツ夫人はこの館で、デイム・アリスの姪の孫にあたるラルフと知り合い、村にあるパブ〈緑の男亭〉を紹介されて、そこに泊まることになったのでした。

ビュンツ夫人が伝言を頼まれた鍛冶屋のアンダースン家は、実はこの〈五人息子衆のマーディアン・モリスダンス〉を代々受け継いで踊っている一家でした。父親のウィリアム・アンダースンは“ガイザー(仮装者)”と呼ばれていて、ダンスの際にはウサギの帽子をかぶった珍妙な格好で〈道化〉の役を演じ、ウィリアムの5人の息子は顔を真っ黒に塗り、抜き身の剣を持って踊るのです。ちなみに、息子たちはダニエル、アンドリュー、ナサニエル、クリストファー、アーネストという名前で、5人の頭文字をつなげると“DANCE”になるのでした。

ダンスにはこの6人のほか、馬というよりは鳥のような金属製の仮面を付けた〈ホビーホース〉の役と、両性具有を象徴するようなヘンテコな仮装の〈ベティ〉という役があり、〈ホビーホース〉は自動車修理工場を経営しているサイモン・ベッグという男が、〈ベティ〉のほうはラルフが演じます。以上の8名がマーディアン・キャッスルの中庭にあるドルメン(机のような形の石碑)の回りで踊り、近くに住むオターリー医師が伴奏のヴァイオリンを弾くことになっており、彼らは本番の水曜日までの数日間、パブの裏手にある小屋で練習を続けていました。研究心からどうしてもダンスの様子を知りたいビュンツ夫人は、毎日こっそりとそれを覗きます。

さて、ガイザーことアンダースン老は心臓が弱っており、オターリー医師は彼に〈道化〉の役はもうやるべきではないと忠告しています。ガイザーの末の息子アーネストがこの〈道化〉の役をやりたがっているのですが、アーネストは子供のような判断力しかない男であり、ガイザーは頑として〈道化〉役を譲ろうとはしません。そんなある日、重い病気で死にかけていたアーネストの飼い犬をガイザーが射殺してしまい、親子の対立はさらに深まってしまいます。

いよいよ〈五人息子衆のマーディアン・モリスダンス〉の当日。アーネストはガイザーの筆跡で「わしにはできない。わしの代わりに息子のアーンがやってくれるはずだ。W・A」と書かれたメモを示し、自分が道化役をしようとしますが、そこに遅れてやってきたガイザーが現れ、アーネストの〈道化〉の仮装を脱がせて、結局は元通りに自分が〈道化〉役を演じることになり、やがて本番のダンスが始まります。会場には村中の人々が集まっていて、すべてが見渡せる高い場所からはデイム・アリスが見守っていました。

やがてダンスが佳境に入り、ガイザーが演じる〈道化〉が剣で作られた輪の中に首を突っ込む格好になります。そしてウサギの頭が飛び、ガイザーはドルメンの後ろのくぼみの部分に隠れます。本来なら、このあとも踊りが続き、最後にガイザーがまた立ち上がって、死から再生への流れを表現するはずでした。しかしダンスが終わったとき、ガイザーの首が本当に身体から切り離されて転がっているのが見つかります。でも、踊り手たちは全員が、常にたくさんの衆目にさらされていて、特にデイム・アリスとオターリー医師はみんなの動きを注視しており、誰にもそんなことはやれたはずがないのでした……。

こんなつたない紹介文では、このシーンのヴィジュアルな面白さは全く伝わらないと思いますが、こんなに動きのある殺人場面というのは珍しく、類例をあまり思い当たりません。巻頭に、このダンスが純然たる創作であることが述べられていますが、ガイザー演じる〈道化〉は神の姿でもあり、いわば神の死と復活が演じられているところなど、フレイザーの『金枝篇』(国書刊行会)からの影響も感じられます。このへんが、自分でも舞台に立つ演出家だった作者の面目躍如たるところなんですが、このあとの謎解き部分もしっかりしていて、伏線の張り方も大胆かつ巧妙です。

仕掛けられたトリックも、この特殊な空間を存分に利用したもので、カーやブランドといったトリックメイカーの作品にも勝るとも劣りません。ダンスのメンバーや、舞台を取り巻く人々の動きのひとつひとつに、ちゃんとした意味が込められていたことがわかってくる結末部分はぞくぞくする面白さです。こういう設定だと、舞台装置や人物の描写がわかりやすくないと興ざめですが、図面やイラストを使わなくても情景が目に浮かぶような描き方になっているのは、さすがというべきでしょう。トリッキーでありながら破綻のない、端正な不可能犯罪ミステリの逸品です。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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ナイオ・マーシュ『道化の死』(国書刊行会)
あらすじ  民族学者、ビュンツ夫人はマーディアン・キャッスルで行われる伝統芸能〈五人息子衆のモリスダンス〉という演目のフィールドワークに赴く。そして舞台の幕は開き、クライマックスにさしかかったところで、殺人が発生した。道化師役の男、ウィリアム・アンダーソ.... ...続きを見る
有沢翔治のlivedoorブログ
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