貼雑帖(はりまぜちょう)

アクセスカウンタ

zoom RSS 『時を巡る肖像』 を読んで。

<<   作成日時 : 2008/01/13 23:59   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

らしくない、と書くと失礼なので、「柄刀一の新境地」と言っておきましょう。新本格の作家には珍しい「大人のミステリ」に仕上がっています。

この『時を巡る肖像』(実業之日本社)は6篇からなる短篇集で、〈絵画修復士御倉瞬介の推理〉というサブタイトルが付いています。実業之日本社発行の「月刊J-novel」という、ややマイナーな小説誌に不定期で連載された5篇に、エピローグ的な性格の短い書き下ろし短篇を加えて一冊としたもので、ちょっと面白い装丁が施されています。どこかの室内の一角を撮影した写真を全面にあしらった表紙カヴァーなのですが、まん中に装飾枠のついた長方形の鏡が写っており、その鏡面部分の紙がくり抜かれているんです。

つまり、その四角い穴から、書籍本体を包む銀色の紙が見えるという趣向なわけです。これはおそらく、巻頭に収録された短篇『ピカソの空白』に登場する姿見の鏡を模したと思われる細工で、上品でありながら人目を惹く効果もあり、なかなか面白い試みだと思います。装丁を担当したのは大塚充朗という人。伊坂幸太郎の『砂漠』(実業之日本社)も手がけています。非常に個性的で、視覚面だけでなく触っても楽しめる、インパクトのあるデザインをする方のようですね。

ことさら「鏡」にこだわったような本書の装丁は、作品中に繰り返し現れるイメージの「逆転」あるいは「反転」を象徴したものでしょうか。といっても、どんでん返しが組み込まれた話というわけではなく、謎の見せ方もシンプルです。そこから受ける小粒な印象と、おととし11月の出版というタイミング、そして大作『密室キングダム』(光文社)の前に上梓されたという条件が重なったからなのか、『このミス』などのランキング本ではほとんど無視された格好ですが、意外に上質な短篇集です。中でも、『モネの赤い睡蓮』はかなりの傑作だと思います。

さて、絵画修復士という主人公の設定からは、ちょっと細野不二彦の漫画『ギャラリーフェイク』を連想しますが、あのような国際的なスケールの話ではなく、またピカレスクな部分もありません。主人公・御倉瞬介はイタリアの美術修復学校を卒業後、システィーナ礼拝堂のフレスコ画修復作業にスタッフとして抜擢されたという実績を持ち、そのキャリアを看板にしてフリーの絵画修復士をしている人物。40代の半ばくらいで、数年前に亡くなったイタリア人の妻シモーナとの間に、7歳の圭介という子供がいます。

このほか、3つ目の短篇からは家政婦ならぬ家政夫をつとめる、加護祥斎(かご・しょうさい)という個性的な偉丈夫が登場し、物語に彩りを添えています。各短篇にはストーリー上のつながりはなく、一話ごとに完結した話ではありますが、御倉を取り巻く周囲の状況設定は少しずつ語られていくので、収録順に読むことをオススメしておきます。ただ正直に言えば、この主人公は温かみは感じられるものの個性が弱く、探偵役にするなら『ピカソの空白』と『モネの赤い睡蓮』の2篇に登場する天才画家・冷泉朋明(れいぜい・ともあき)のほうが、よほど適任な気がします。

というのも、バカミス一歩手前の大技が炸裂する『デューラーの瞳』を別にすると、柄刀氏らしいトリック趣味は影をひそめており、ちょっと連城三紀彦のような、人間心理の謎解きがテーマになっている短篇が多くて、しかも多くが芸術家という特殊な人種の心をネタにしているからです。御倉瞬介はあくまで絵画修復士であって、芸術家的な深みを備えているわけではなく、その意味では「絵に詳しい素人」の域を出ていません。いっそ彼をワトスン役にして、冷泉朋明の事件簿としたほうが面白かったのではないか、と感じられてしまうのです。

冷泉は、「透徹した視線で事物を捉え、精緻で迫力ある、揺るぎのない描写力」を持った天才画家。その高次元の能力はピカソに匹敵するという世界的な評価があり、恐ろしいほど的確に視覚的情報をつかみ取ることから“天眼”と称されているという人物なのですが、2年前に「見えすぎて疲れる」という意味のことを言って自分の右目を刃物で突き、以後は隻眼にアイパッドという特異なスタイルで創作活動をしているという設定が面白く、作中でも御倉を上回る洞察力を発揮します。再登場を期待したいですね。

収録作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『ピカソの空白』
“天眼”こと冷泉朋明の館に泊まり込んで、昼夜を通してピカソの素描画の修復作業をしていた御倉瞬介は、ソファで仮眠中の深夜にふと目を覚まし、冷泉が館の中を徘徊し、奇妙な行動をしているところを目撃します。翌朝、御倉が起き出してみると、館を訪れていた美術評論家が殺されており、そのそばには冷泉朋明が側頭部を殴られて倒れていました。セキュリティがしっかりしているため、外部の人間の犯行とは考えられず、容疑はアリバイのない冷泉の弟子にかかりますが……。結末まではっきり描かれない、不思議な構成のミステリ。冷泉の行動の意図が語られていくところの面白さは格別です。

『『金蓉』の前の二人』
建築デザイナー、志野正春の邸宅で、リアリズムの画家・安井曾太郎の『金蓉』などの模写作を美装する仕事を請け負った御倉は、妻・香蓉子の肖像画を残したいという志野の希望で、油彩画家・古関誠を紹介し、2ヶ月前から制作が始まっていました。そんなある日、香蓉子が大事にしていた貴重な壺が、留守中の邸内で割れるという事件が起きます。しかもその後、志野夫妻のひとり息子・大志が、何者かに狙われているのではないかという疑われるようなことが頻発して……。連作中では最も不出来な作品。真相は割合かんたんに見抜けてしまう上に、御倉の推理もあまり説得力がありません。

『遺影、『デルフトの眺望』』
油彩画家・中津川顕也は、資産家の娘・琴美と結婚。夫婦生活は7年前に破綻し、琴美はその後行方不明に。また、琴美の父親は係累を亡くしたため、直系の家族は琴美と、その娘・雅子だけになっていました。しかし最近になって、琴美が白骨死体で発見され、その指にあるはずの指輪を雅子がしていたことから、殺人の疑いがかけられます。莫大な資産をめぐるトラブルの中、中津川も殺されてしまう事件が起き、その場に居合わせた雅子に、死に際の彼は画集の中の『デルフトの眺望』を指で指し示すのですが……。フェルメールが使った技法とダイイングメッセージを絡めた作品。スマートに決まった好短篇です。

『モネの赤い睡蓮』
91歳になる洋画家・藤崎高玄と、娘で70歳の日本画家・藤崎ナツの住む邸宅に招かれた御倉。彼が家族たちと食事をしていたとき、カギの掛かったアトリエの中で高玄が倒れているのが発見され、やがて農薬による毒死と判明。警察は、農薬の味や匂いが強烈であることを根拠に、自殺であるとの判断に傾きます。しかし御倉は、ナツが直前に運んでいった薬瓶に毒が入っていたことや、ナツが美術館でもらした「赤い睡蓮の呪い」という言葉が気にかかり、自殺説に疑いを抱くのでした……。家族間のドロドロした愛憎に、芸術家ならではの苦悩や性癖が絡んでいく展開は見事です。解決へのロジックも非常に優れています。

『デューラーの瞳』
風水を採り入れた建築コンサルティングで成功し、一躍有名人となった戸梶祐太朗とその父、祖父の3人が描かれた古い肖像画の修復を依頼された御倉は、祖父の代から戸梶家に仕え、現在は祐太朗の相談役的な存在である野木山幸作から、奇妙な話を聞かされます。16階建てのビルの最上階にあるロフトに祐太朗といたとき、突然天窓が割れたというのです。その謎がとけないまま数日が過ぎた夜、ビルの上に上がっていったはずの野木山が、近くの路上で車に跳ねられて死亡する事件が起きたのでした……。これは、ほとんどいつもの柄刀ミステリに戻ったような作品。完成度は高いのですが、芸術からは離れています。

『時を巡る肖像』
素人画家でありながら、中央画壇でもその名が囁かれた遠野鷹夫を父に持つ遼平は、父が描き遺した両親の肖像画の上から、自分と妻の絵を重ねて描き、新しい絵として再生しようと試みていました。いっぽう御倉は、完全に同じ絵柄の三枚の新しい絵にひび割れを作り、発色をくすませていくという、普段の修復作業とは全く逆のことを依頼されていました。依頼主から語られた、その理由とは……。この短篇のみ書き下ろし作品です。エピローグ的な意図で書かれたものと思われ、事件は発生しません。が、謎めいたシチュエーションの意味が判明していく後半部はとても切なく、嫋々たる余韻を残してくれます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『ピカソの空白』では部屋の見取り図が挿入され、しかもそれがディクスン・カーの超有名作を連想させるのですが、普通の本格ミステリ風なのはそこまでで、物理的なトリックなどとは関係ない心理的な謎を描いているところがミソです。全体を通してみても、ミステリ的な技法が特に目立つことはなく、謎のほうも物語の流れの中に自然に織り込まれている感じで、ストーリーには何の仕掛けもありません。それだけに、謎が芸術家の心理と直接結びついている作品ほど面白いといえます。

それでいて、本格ミステリとしての構造も損なわれていないところには、柄刀氏の職人芸を見る思いでした。ただ、絵画とミステリの結び付け方の強度にはバラつきがあり、作品によっては欲張りすぎの感もあります。とはいえ、不可能犯罪もの一辺倒だという感じだった柄刀氏の芸域が広がったということで、単純に喜んでも良いのではないでしょうか。少なくとも、やたらとゴツゴツした手触りの作品になってしまった『密室キングダム』より、私はこちらのほうがずっと面白く感じられました。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『時を巡る肖像』 を読んで。 貼雑帖(はりまぜちょう)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる