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zoom RSS 『晩餐は「檻」のなかで』 を読んで。

<<   作成日時 : 2008/01/14 23:55   >>

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特殊な設定で、展開にはかなりヒネリもあるのに、スッキリした味わいの本格ミステリ。読後感も良く、仕掛け好きにはオススメの一冊です。

この『晩餐は「檻」のなかで』(原書房)は、『蜜の森の凍える女神』(講談社ノベルス)で第28回のメフィスト賞作家となった関田涙(せきた・なみだ)の作品です。1967年生まれとのことなので、36歳という遅めのデビューなんですが、第1作は雪の山荘での密室殺人、第2作『七人の迷える騎士』では見立て密室殺人を扱っており、どちらも「美少女探偵ヴィッキーからの挑戦状」がついているというベタなもの。ミステリ作家としてのセンスは感じるものの、ややイタイ印象の作家さんでした。バリバリのおっさんである私が言うのもアレですが、関田氏の作品は、どこか若作りしたおっさんのような感じがつきまとっています。

このヴィッキーシリーズ第3作となった『刹那の魔女の冒険』では、コシマキに「本書には仕掛けがあります。思う存分、騙される快感が堪能できます!」と謳われていて、確かにその通り、メタ趣向のミステリではあったんですが、最後に自分で創った世界観をぶちこわしてしまうという暴挙に出た結果、メチャクチャに読後感の悪い作品になってしまっていました。講談社ノベルスからはもう一冊、『エルの終わらない夏』という微妙な作品を出したあと、ジュヴナイル系の「青い鳥文庫」に作品発表の舞台が移ったので、失礼ながらあまり売れなかったんだろうと想像されます。

というわけで、ミステリファンの間でも知名度の高いほうではない関田氏なんですが、電子書籍として発表された『時計仕掛けのイヴ』(小学館)からは少し方向転換を図っているようで、この『晩餐は「檻」のなかで』も、それまでになかったタイプの意欲作になっていると思います。なかなかの佳作だと感じましたから、『このミス』などのランキング本で全く無視されているのは意外でした。版元である原書房の『本格ミステリベスト10』ですら、ネット投票で第20位に入ったと表示しているほか、評論家たちの座談会ページで数行触れられているだけなんです。この結果に作者の知名度が影響しているのは間違いないでしょう。

もうひとつ理由として考えられるのが、この作品のあとに発表された米澤穂信の『インシテミル』(文藝春秋)と設定がかなり似ていて、しかもそちらの評価が非常に高かったということです。似たタイプのミステリに票を投ずる気には、あまりならないでしょうからね。実際には、似ていると言っても方向はかなり違いますし、あちらがちょっとミステリマニアを意識した作品であるのに対し、『晩餐は「檻」のなかで』のほうはこれがミステリ初体験という読者が読んでも問題ない作品なので、むしろ続けて読んだほうがそれぞれの持ち味の違いを楽しめる気がするんですけども。私は、発表の順とは逆に、こちらのほうをあとに読んだんですが、出来映えでいえば『インシテミル』と遜色ないと感じました。

この作品中には、『檻のなかの七匹の獣』というタイトルの章が9つあり、それぞれのあとに無題の章がくっついているので、全体で18章ある計算になります。もし『檻のなかの七匹の獣』の章だけを抜き出して読んだ場合でも、ちゃんと一篇の長篇ミステリになっているという構造です。では、無題のほうの章には何が書かれているのかというと、錫井イサミというペンネームの、売れない中年作家のモノローグ。小さい子供が2人いて、会社員である妻の給料を頼りに生活している彼が、次第に転落していく物語です。

このモノローグ部分は、それなりに面白く読めるように書かれてはいますが、お話としては「ありがち」を寄せ集めたようなもので、最後に至るまで特に意外な展開にはなりません。もちろん、誰もが売れない作家の日常を経験的に知っているわけではないですから、あくまでお話としては、ということなんですけども。このモノローグ部分を挟み込むことによって、極めて非現実的な設定である『檻のなかの七匹の獣』のパートを際立たせているとともに、逆の効果として、モノローグ部分のリアリティのなさを覆い隠している、というのが、本書の仕掛けのミソだと思います。いや、ご心配なく。そうだと知っていても、作者の罠に引っかかることは保証しますから。

『檻のなかの七匹の獣』は、近未来の日本が舞台の……と書くのがためらわれるような、変わった設定のお話です。『インシテミル』に似ているのも、主としてこの部分になります。この作品世界では、「仇討ち制度」が法律で規定されているのです。これはどういうものかというと、裁判の最終審で被告の死刑が確定したあと、被害者の三親等以内の遺族が望むならば、仇討ちを申告することができるのです。もっとも、この申告が認められた場合でも、好き勝手に相手を殺していいというわけではなく、非常に細かいルールが定められています。

まず、外部との交渉が遮断された特殊な建物に、死刑囚と仇討ちを望む遺族を含む、7人の人間が閉じこめられます。この建物のことを、便宜上「檻」と呼んでいるわけです。「檻」は地上3階、地下1階の大きなもので、全体は14角形(つまり、ほとんど円に近い形)をしています。7人の参加者は全員が丸3日間、特別な事情がない限り、ここから出ることができません。テレビやラジオ、携帯電話、インターネットの設備などは持ち込み禁止。「檻」には窓が一切なく、一つしかない入り口は厳重にロックされていて、食事が運び込まれる時しか開きません。建物内には100を超える監視カメラがあり、全員の行動は24時間見張られています。

さて、7人の参加者は、その役割に応じて動物の名を与えられています。まず、仇討ちをする遺族が「ヤギ」。仇討ちされる死刑囚が「トラ」。ヤギを手助けすることができる助太刀役が「ヘビ」。以上の3名が、仇討ちの当事者ということになります。トラは3日間、仇討ちされずに身を守りきることができれば、死刑から無期懲役に減刑となります。当然、思わぬトラブルやルール違反が発生する可能性があるので、監視役も存在します。それが「クマ」と「カメ」です。クマはトラに顔を知られていない拘置所の刑務官が、カメは検察官が担当することになっています。残る2人は立会人で、事件とは全く関係ない民間人から無作為に選ばれる決まり。つまり、裁判員みたいなものです。

2人の立会人のうち、「イヌ」は何もする必要がありません。ただ3日間、檻の中で生活すればいいという傍観者の役割です。これに対して、もうひとりの立会人「サル」には、仕事が与えられています。それは、探偵役。すなわち、サルはこの3日の間に、「ヤギが誰なのか」を推理しなければなりません。ヤギとヘビは、トラが誰なのかを知っていますが、トラは自分以外の誰がどの役なのかを知りませんし、それはサルとイヌも同じです。参加者は自分が何の役なのかを隠さなければならないというのがルールで、たとえ「おまえはサルだろう」などと指摘されても、シラを切り通す義務があるのです。

ヤギがトラを殺すことに成功しても、期間が終了するまでは監禁状態が続きます。そして、3日間が過ぎたあと、サルは誰がヤギなのかを指摘し、それが正解ならば多額の報奨金を得ることができます。ただし、正解に至る過程を説明する必要はなく、要するに当てずっぽうでもかまいません。そして、その報奨金を支払うのはヤギなのです。これは、誰彼構わず仇討ちを申告しようとするのを防ぐためのペナルティみたいなものと説明されています。ヤギにはもうひとつ、背負わなければならないリスクがあって、もしサルが正解してしまったら、仇討ちに関する情報がマスコミに流れることになっています。そうなったらヤギはマスコミに追いまくられるだけでなく、社会からどう扱われるかもわからないので、仇討ちを申告しようとする人間にとって、心理的な障壁になるというわけです。

この「仇討ち制度」が実施され、5人の男と2人の女が「檻」の中に閉じこめられるところから、物語はスタートします。やがて、お互いが何の役であるかという腹のさぐり合いがはじまり、2日目の夜にはついに「トラ」役が殺されます。しかし、全員の証言を突き合わせてみると、誰にも犯行のチャンスがなく、おまけにもうひとつ、不可解な謎が残ってしまうのでした。いったい、誰が仇討ちに成功したヤギなのか。協力したヘビは誰か。そして、探偵役のサルは誰なのか。読者にも誰が何の役であるかという情報は与えられず、錯綜した設定の中で推理ゲームは続くのでした……。

パット・マガーの『探偵を捜せ!』(創元推理文庫)のアイデアを大きく拡大したようなスタイルですが、現実にはあり得ない状況設定によって必然性を生み出すという手法は成功していると思います。読者が推理の足がかりにできるのは地の文だけなので、まずはサルが誰なのかを確定させないとどうしようもないんですが、それさえなかなか判然としません。これを挑戦小説として読むのならば、第7章の終わりまで進んだところでじっくりと考えてから、もう一度最初に戻ると良いかもしれません。

全体が大きなパズル問題のような感じではありますが、あまり理屈っぽいところはなく、トリックも現実味があるものが使われています。いろんな意味でモノローグ部分がうまく機能しており、最後に2つのパートがリンクしていくところにも驚きが待っています。とにかく一筋縄ではいかない小説ですが、解決部分は非常にあざやかで、設定そのものの不自然さに目をつぶればロジックにも破綻がなく、スマートに締めくくられ、しかも読後にニヤニヤさせられるような余地も残されます。『インシテミル』を楽しめた方には、特にオススメしたいですね。なお、私が読んだ第1刷には、巻頭に置かれた図面に誤植がありました。「松田美夏」となっているところは、「松田静音」が正しいと思います。ご注意ください。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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