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zoom RSS 『天使の眠り』 を読んで。

<<   作成日時 : 2008/01/15 23:57   >>

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こういう小説を読むと、つくづく「女性って怖いなあ」と思ってしまいます。自分が男であるだけに、理解不能な部分があるからでしょうけど。

この『天使の眠り』(徳間書店)は、『密室の鎮魂歌』(東京創元社)で第14回の鮎川賞を受賞した岸田るり子の長篇第3作。2006年の11月末に出版されていますから、昨年末のランキング本の対象範囲に入っているんですが、昨日取り上げた関田涙の『晩餐は「檻」のなかで』(原書房)のごとく、どのガイド本にも引っかかっていません。本格ミステリではなく、ジャンルとしてはサスペンス小説ということになると思いますが、充分に魅力的な謎も提示されますし、読者をぐいぐい引っ張っていく面白さも備えています。

まあ、ミステリとして構えて読んでしまうと、登場人物が少ないですし、伏線の張り方が大胆すぎるというか露骨な感じもするので、真相の半分くらいは途中で見えてしまうかもしれません。それと、読み手が若い人だと、この真相には無理を感じる可能性があります。でもね、作者とほぼ同年配である中年男の目で見ると、そんなに不自然だとは思わないんですよ。特に、20代〜30代にかけて、異性とのいろんな出会いとか別れを経験してきた人には、すんなり理解できるんじゃないか、という気がします。いや、私が恋愛経験豊富というわけじゃありませんけど。

作者には、鮎川賞でデビューしたのだからという気負いがあるのか、あるいは版元の意向なのか、これまでに出版された4冊の長篇のうち、東京創元社から出ている3冊が本格系の作品で、密室殺人なんかもたびたび出てきます。しかし、彼女の特質というのは本格作家のそれとはちょっと違うんじゃないかと、私は常々感じているんです。この『天使の眠り』のみ徳間書店から出たということで、他の作品とは毛色が少し違い、謎の作り方や見せ方の巧さという長所を生かしながら、本格という枠にとらわれず、ノビノビと書いているような印象を受けます。

ただ、出版社の違いは担当編集者の違いでもあるわけで、おそらくはそのせいじゃないかと思われる表現上の変化も感じました。岸田るり子の文章というのは、第1作のときからかなり読みやすくて、それがひとつのセールスポイントだと思っていたんですが、『天使の眠り』には少し、推敲不足のようなところがあるんです。逆に言えば、もともとの編集担当者による目配りが、しっかりしていたということなのかもしれません。登場人物の1人に、イアン・バンクスという名のアイルランド人がいるんですが、東京創元社の編集者なら、イメージを変な方向に曲げてしまいかねない、こんな名前は使わせなかったでしょう(特異な作風のサイコホラーやSFなどを書いてるイギリス作家と同名なのです)。

さて、岸田作品の最大の特徴というのは、変な女、謎めいた女、嫌な感じの女を描かせたら天下一品だということ。これはもう第1作からハッキリ現れていました。本作ではその特質が、最も自然に物語に溶け込んでいると思います。技巧的な意味で一番面白かったのは前作『出口のない部屋』(東京創元社)なんですが、そちらはちょっと好みの分かれそうな感じの物語で、気持ち悪い人物がゾロゾロ登場するところに辟易してしまう人がいそうです。もし『天使の眠り』を読んで、この作家が気に入ったなら、そのあとは『ランボー・クラブ』(最新作)→『密室の鎮魂歌』→『出口のない部屋』という順序で読まれることをオススメしておきます(w)。

本書は全部で10章からなり、奇数番号の章では秋沢宗一(あきざわ・そういち)という36歳の男の視点、偶数番号の章では田中江真(たなか・えま)という15歳の少女の視点で語られていきます。第9章のみ、ちょっと破格になっていて、ここで隠されていた真相が語られます。すべてを読み終えてから、あらためて考えてみると、いったい誰が主人公だったのか、ハッキリとは決めかねるような、不思議な読後感があります。しかし読んでいる最中は、まったくそういうことは気になりません。

物語は、京都の大学で助手をしている秋沢宗一が、彼の指導のもとで研究を続けている研修医の結婚式に出席するところから始まります。新郎だけでなく新婦も医師であり、2人とも宗一とは親しいので、彼はスピーチを依頼されていたのでした。ところが、披露宴の会場で自分の座る席を探していた宗一は、あるテーブルに亜木帆一二三(あきほ・ひふみ)という名札が置かれているのを見て愕然とします。その珍しい名前は、宗一が23歳のころに、ほんの数ヶ月だけ同棲していた女性のものだったからです。

宗一はもともと札幌にある大学の理学部出身で、彼女との出会いは大学院にいたときのことでした。宗一は容姿に恵まれた男であり、36歳の現在に至るまで、恋愛関係になった異性は何人もいるのですが、その中で一二三は最も付き合いの短かった女性の部類に入ります。しかし、当時の2人の関係は激しいもので、それだけに別れた後の傷も深く残っていたのでした。その後は女性遍歴を続けた宗一でしたが、現在は時子という恋人が同じ研究室にいて、彼女との結婚を決心しかけています。でも、忘れていたつもりの一二三の名を目にして、宗一の中に昔の荒々しい情熱が甦ってしまうのでした。

札幌にいた13年前、ふとしたことから知り合った宗一と一二三でしたが、宗一の住んでいた安アパートの隣の部屋に、風俗店で強制的に働かされているらしい3人の中国人女性が引っ越してきて、安眠できなくなったことをこぼしたのをきっかけに、自分の部屋で一緒に住めばいい、と一二三のほうから誘ってきたのが同棲の始まりでした。その時点ではまだ肉体関係どころか恋愛にまで進んでいたわけでもなく、宗一はいきなりの申し出に驚いたのですが、結局それを受け入れたのです。

その当時、一二三は30歳の看護師で、すでに亡くなっている前夫との間に生まれた、2歳になる江真という娘がいました。前夫というのはイアン・バンクス・タナカという、日本に帰化したアイルランド人だったので、ハーフである江真は緑色の目と栗色の髪をしており、肌も白人同様の白さでした。江真が生まれてすぐに亡くなったというイアンの死因や、彼がなぜタナカという人の養子になって日本国籍を得たのか、そもそも彼が何歳でどういう人物だったのか、一二三は一切語ろうとしません。そのため、宗一はイアンが殺されたのではないか、と邪推することがありました。

イアンが死んだ後、一二三は亜木帆という旧姓に戻り、娘だけ夫の姓である田中のままにしておいたのも不思議だったため、そのことを尋ねても、要領を得ない答しか返ってきませんでした。しかし、一二三に激しく恋するようになった宗一は、彼女とだったら地球の果てまでだって一緒に行けるとまで思いこむようになります。宗一自身、彼を産んだ母親が男と逃げたという生い立ちを持っており、彼女の持っている闇の部分が何なのかわからないまま、お互いのいびつな部分が磁石のように引きつけ合ったのだ、と勝手に想像していたのでした。

ところがある日、大学から帰ってみると、彼女の持ち物が部屋からすべてなくなっていました。衣類、靴、カバン、ドレッサー、化粧品のたぐい、食器類など、大きい家具以外で彼女が使っていたものが、そっくり消えていたのです。そして、彼女と娘も、二度と戻ってはきませんでした。彼女が看護師をしていた病院を訪ねてみると、なんと3ヶ月前に退職していたことがわかりました。つまり、同棲を始めたころに、彼女は職場を変わっていたのでした。宗一はもちろん、そんなことを一言も聞かされておらず、茫然とするばかりでした。

さて、そんな過去がまざまざと甦った現在の宗一の前に、山吹色のドレスを着た細身で長身の女が、中学生ぐらいの少女とともに現れ、亜木帆一二三の名札の席に座ります。宗一はじっくり彼女の顔を見て、まるで別人になっていることに驚きます。もう40歳をすぎているはずなのに、当時より若返っているような印象すら受けるのです。一二三の隣の席には田中江真という名札があり、隣に座ったその少女と親しげに話しているのですが、少女の眼鏡と髪型のせいで、目が緑色なのかどうかはハッキリ見えません。

作り物めいた美しさを放つ女に不審を感じながら、宗一は彼女が一二三に化けたエイリアンなのではないかという幻想さえ抱きます。やがて披露宴が終わり、会場を出て行った2人を宗一は追いかけますが、彼女たちはすでにタクシーに乗り込もうとしているところでした。それを遮るようにしてドアに手をかけ、「亜木帆一二三さん?」と問いかけた宗一は、女の顔を正面から見て、やはり別人だ、と確信します。

しかしその次の瞬間、宗一の顔を見た女は、かつての一二三が呼んだのと同じように「しゅうさん……」とつぶやいたため、その確信は大きく揺らぎます。初めて出会ったとき、名刺に書いてあった宗一(そういち)の名を「しゅういち」と読み間違えて以来、一二三は宗一のことをそう呼んでいたからです。しかも、タクシーの奥に座っている少女の目は、濃い緑色だったのでした……。

どうです、なかなか魅力的な謎じゃありませんか? 本作では、このあと一二三という謎の女が絡む複数の殺人事件が話題になっていきますが、いずれも過去に起きた事件であり、しかも未解決に終わっているため、謎はさらに膨らんでいきます。しかし、前にも書いたように、これを本格ミステリのように読んでしまうと、謎の半分くらいは見通せてしまうかもしれません。作者のストーリーテリングに乗っかって、サスペンスにゾクゾクしながら読み進むほうが幸せでしょう。

でも、もし謎が解けていたとしても、事件の裏に隠されたある人物の壮絶とも言える意図にはビックリさせられるはずです。しかも、ある意味では非常に悲劇的な話なのに、これを最後には後味良くまとめてしまったところも素晴らしいと思います。願わくば、作者には今後も、密室などのガジェットにこだわることなく、こういう方向の作品を書き続けていただきたいですね。まるでカトリーヌ・アルレーのように怖い物語を創り出しながら、スッキリとした読後感を得られるこんな作風は、他では得がたい個性だと思うのです。

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