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zoom RSS 『百万のマルコ』 を読んで。

<<   作成日時 : 2008/01/19 23:52   >>

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本書を読んでバカらしいと言うことなかれ。小説の原点はホラ話であり、ホラは文化の神髄。神話や宗教も結局、壮大なホラの積み重ねですし。

『百万のマルコ』(創元推理文庫)というタイトルの「マルコ」とは『東方見聞録』で有名なマルコ・ポーロのこと。そして、“百万の”という言葉には、本書中では“ホラふき”というルビが振られています。マルコ・ポーロと名乗る老人が、牢内で仲間たちに語るホラ話と、その中に含まれている謎解きをテーマとした13篇からなる短篇集なのです。うち11篇は集英社の「小説すばる」に不定期で連載されたもの。残る2篇は「ミステリーズ!」(東京創元社)の掲載作品と文庫書き下ろし。作者・柳広司はシュリーマンやソクラテス、夏目漱石といった実在の人物を探偵役にしたミステリを書いている作家で、本作ではマルコ・ポーロを取り上げたというわけです。

ところで、こういうパズル問題をご存じでしょうか。

【問題】 ある秘密結社が、国際的大企業のワンマン社長を誘拐することに成功した。社長は一味のアジトへ連れてこられ、厳重な警戒のもと、地下牢に監禁された。牢には社長1人が入れられ、窓はなく、出入りできるのは頑丈な鉄の扉のみ。その扉は確実にロックされていたし、何人もの監視役が夜を徹して見張りを続け、翌朝まで扉は一度も開けられることはなかった。しかし朝になってみると、社長のほかにもう1人、一味の誰も見たことのない男が牢内にいた。いったい、これはどうしてか。

一種の逆密室事件ですね(w)。まあ、本格ミステリが好きな方なら、難なく解くことができる問題かもしれません。念のため、解答は以下に白文字で入れておきますので、しばらく考えてもわからない場合は、反転させて読んでください。【答え】社長は臨月の女性だった。朝までに、牢内で男の赤ちゃんを産んだのである。……いかがでしたか。このパズルには、ヒントとなっていると思われる、もっと有名な問題があります。では、そちらのほうも見ていただきましょう。

【問題】 ある急な坂道を、前ひき後押しして、汗だくで荷車を動かしている二人連れがあった。まず、引いている人に「後押ししているのは、あなたの息子さんですね」と尋ねると、「はい」と答えた。ところが後ろへ回って、息子に、「前で引いているのは、きみのお父さんだってね」と尋ねると、「とんでもない!」と言われた。さて、この二人の関係は?

最初の問題が解けた方には簡単すぎる問題だと思いますし、原理は同じですから、あえて解答は書きません。いずれにしても、これらの問題には、とても素朴な叙述トリックが使われているというわけです。つまり、こういうパズルとミステリは、もともと親和性が非常に高いと言えるでしょう。で、どちらの問題にも、実は出典があります。多湖輝のパズル問題集、『頭の体操』(光文社)シリーズです。あとの問題は第1集の問20をそのまま引用したもの。はじめの問題は『頭の体操』のどれかに載っているのは間違いないんですが、第何集かは忘れました(汗)。よって原文通りではなく、私の脚色が加わっています。

なぜこんなことを書いているかというと、『百万のマルコ』に収録された短篇のうちのいくつかは、『頭の体操』やその続編 『王様の知恵比べ』(実業之日本社・絶版)に載っている問題をヒントにして書かれているのでは、と思ったからです。具体的には、『賭博に負けなし』、『山の老人』の2篇のオチと、『半分の半分』と『雲の南』の中で使われているエピソードが、それにあたります。13篇のうち4篇に影響が見られるというのは、かなりの高含有率(?)なので、作者が『頭の体操』の読者なのは間違いないと思います。でも誤解しないでいただきたいんですが、盗作だとか盗用だと言いたいわけではありません。

それを言うなら、『頭の体操』にしたところで、ヘンリー・デュードニーとかサム・ロイドといった昔のパズル作家の本からヒントを得た問題をたくさん載せていますし、中にはほとんど手を加えずにそのまま引用しただけの問題すら含まれています。ちなみに、デュードニーやロイドが作品を掲載していた雑誌のひとつが、かつてシャーロック・ホームズ譚を連載していたことで有名な「ストランド・マガジン」なんですが、そのころのパズルを再録した本が今月、文春新書から出ています。伴田良輔の『巨匠の傑作パズルベスト100』がそれです。

そんなことより私は、本来なら数行程度で終わってしまうパズル問題程度のネタに分厚く肉付けして、ここまで読ませる物語に仕上げてしまう作者の手腕のほうに感心しています。この短篇集には、たとえば鯨統一郎を人気作家にしたベストセラー、『邪馬台国はどこですか?』(創元推理文庫)と同じような想像力の広がりが感じられるんです。語り手としてマルコ・ポーロを引っ張り出してきたところも、まさにピッタリの配役だと思います。実際のマルコ・ポーロにも、ジパングの話で知られるようなウサン臭さがつきまとっているわけですし。

物語の舞台は、イタリアはジェノヴァの牢の中。この時代、都市と都市の間で利権を巡る争いが絶えず、小さな戦争はしばしば起きていて、負けたほうの船に乗っていた民間人は、勝ったほうの都市の牢に入れられるのが普通でした。物語作者の“わたし”もそのひとり。出してもらうには大金が必要ですが、とてもそんな金は払えず、もう5年もここに閉じこめられ、まずい食事と退屈に苦しめられていたのです。そんなある日、新しく牢に入ってきたみすぼらしい老人は、みんなをここから連れ出してやる、と言います。そして、彼が話し始めた謎と不思議の物語を聞いている間、みんなの心は退屈から解き放たれ、確かに牢から抜け出していたのでした……。

各篇は20ページほどの短いものばかりです。そしてマルコの話はいつも、彼が側近として仕えていたというフビライ・ハーンに命じられ、いろんな国に任務を帯びて派遣されたという内容。行った先々で彼は窮地に陥りますが、やがて任務に成功し、最後は神に感謝する言葉で締めくくられるのが通例です。しかし、肝心の「どうやってその窮地を抜け出したのか」という部分を話さないで終わってしまうため、同じ牢に入れられている連中があーでもないこーでもないと知恵を絞り、結局はマルコに降参して真相を聞く、というのがいつもの流れになっています。

この種の物語はワンパターンに陥りやすいのですが、牢の中という設定を逆手に取った語り口のうまさで、マンネリを打破しています。話のつじつまが合ってさえいれば、真相は誰にも確かめようがないわけですから、ホラの吹き放題なわけです。ここが作者の腕の見せ所。素晴らしいストーリーテリングです。牢の仲間たちが問題の謎を討議する部分は、もしかしたらアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』(創元推理文庫)からヒントを得ているのかもしれません。また、後半の作品ほど手慣れた筆致になっていき、アイデアの生かし方も巧みになっていっているように感じます。おそらく、最後に書かれたのであろう書き下ろし作品『真を告げるものは』と、ミスディレクションの面白い『ナヤンの乱』が本書中のベストでしょう。

このブログで有栖川有栖の『女王国の城』(東京創元社)を取り上げたときにも、解決部分のロジックが『頭の体操』に収録されている問題と似ていることに触れたんですが、そう考えてみると、『頭の体操』シリーズはミステリ作家にとって、貴重なアイデアの宝庫と言えるのかもしれません。『百万のマルコ』の場合、単純なとんち物語のような始まり方をしながら、次第に心理的な謎へと踏み込んで物語としての懐を広くしていき、無味乾燥なパズル問題から飛躍しています。この技量を持ってすれば、まだまだ新たなマルコ物語を創れるはず。ぜひ第2弾が書かれることを期待したいと思います。

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