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zoom RSS 『黒後家蜘蛛の会』 シリーズを読んで。

<<   作成日時 : 2008/01/08 23:52   >>

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北村薫とか加納朋子に代表される“日常の謎”系ミステリという分野がありますが、それを最初にシリーズ化したのは本作じゃないでしょうか。

この『黒後家蜘蛛の会』(創元推理文庫)、自分の中では、わりと新しい作品というイメージだったんですが、作者アイザック・アシモフが亡くなってからもう15年以上になるんですね。「新しい」と感じていた理由は、考えてみるとまったく個人的なことでした。たとえばドイル、クリスティ、クイーンといった作家の本が、私が生まれる前からカタログにずらりと並んでいたのに対して、『黒後家蜘蛛の会』は作者が存命だったときに新刊として予告され、第1集から文庫を初版で購入して読んだ記憶が強いからです。

シリーズは第5集まで出ており、それぞれに12篇ずつ、計60篇が収録されています。これ以外にも6篇の作品が残されていますが、12篇にまとまる前にアシモフが亡くなってしまったので、第6集はありません。ファンとしては、やはり雑誌掲載のまま放置されている『ユニオン・クラブ綺譚』(創元推理文庫。こっちは『しゃばけ』の畠中恵さんが、「私の一冊」に選んでいます)の残り短篇と合本にしてでも、第6集を出して欲しいものです。日本での掲載誌は光文社の「EQ」でしたから、創元推理文庫からは出しにくいのかもしれません。

ところで、3年ほど前にウィル・スミス主演の「アイ、ロボット」というSF映画があったのをご記憶でしょうか。この映画の原案となったのが、アシモフの『わたしはロボット』(創元SF文庫)で、作品中で彼が提唱した「ロボット三原則」は、以後のあらゆるロボットがらみのSF作品に影響を与えたと言われるほど有名です。つまり、アシモフはSF作家として認知されてきた人なんですが、彼のSFにはミステリでもあるイライジャ・ベイリ刑事のシリーズが4作あり、なかでも『鋼鉄都市』、『はだかの太陽』(ともにハヤカワSF文庫)の2長篇は名作の定評があります。

SF仕立てではないミステリ長篇も書いているアシモフですが、ミステリ読みに注目されるようになったのは、やはりこの『黒後家蜘蛛の会』を書き始めてからでしょう。アメリカで、シリーズ第1作『会心の笑い』が雑誌「EQMM」に発表されたのが1972年の1月号。実は奇しくも、鮎川哲也の三番館シリーズ第1作『春の驟雨』(『太鼓叩きはなぜ笑う』創元推理文庫に所収)が雑誌「小説サンデー毎日」の1972年1月号に掲載されており、類似点が指摘される両シリーズがほぼ同時にスタートしたことになります。このへんのことは、第4集の巻末解説で鮎哲先生自身が書いておられます。

『黒後家蜘蛛の会』は、三番館シリーズだけでなく、たとえばアガサ・クリスティの『火曜クラブ』(クリスティー文庫)などにも似ていると、よく言われます。が、この一文を書くために再読してみて、これはやはりアシモフにしか書けない作品であって、唯一無二の存在だと感じました。しかし私も、第5集の巻末解説で有栖川有栖が書いているように、「この連作短篇が凄いだの絶品だのとは正直言って思わない」んです。そして、「とにかく読み出したらやめられない」という意見にも大賛成です。事実、今回も第1集だけちょこちょこっと再読するつもりだったのに、気付いてみれば第5集まで、全部を読み返してしまっていました(w)。

物語の設定は以下のようなものです。舞台は、ニューヨークのどこかにある高級レストラン・ミラノ。名前からするとイタリアン系ですが、シェフは何でも屋らしく、中華をはじめとした各国料理が出ることもあります。ただし、レストランの関係者で物語に登場するのは、「六十代を迎えてしわ一つない顔」をした、ウェイターのヘンリーのみ。シェフも一流ですが、ヘンリーの水際だった給仕ぶりのおかげで、このレストランはミシュランなら三つ星を付けるでしょう。

ここで月1回の食事会をしているのが「黒後家蜘蛛の会」の面々。中高年の男ばかり6名の集まりです。メンバーは順番に主人役(ホスト)をつとめ、毎回1人のゲストを招いて談論風発を愉しむ、というのが会の目的です。メンバーの誰かが欠席することもありますし、ゲストがいないこともありますが、基本スタイルはいつも同じです。女人禁制がルールであるため、ゲストは男に限られます。また、ゲストは食事代を出さないで済むかわりに、メンバーからのいかなる質問にも答えなければならないという義務を負います。秘密厳守が徹底されており、ここで話された会話の内容は絶対に外には洩れない、という保証もついています。

第1話『会心の笑い』の時点で、この会はすでに何年も続いているということになっているのですが、たまたまこの第1話で、ある事件の謎解きが話題になり、それ以降、何らかの問題を抱えたゲストがやって来るのが通例のようになります。といっても、殺人など血なまぐさい話になることはめったになく、ちょっとした悩み事程度の問題であることがほとんどです。たとえば第5集の最終話『秘伝』には密室の謎が出てきますけれど、そこから持ち出されたのは死体でも凶器でもなく、ブルーベリー・マフィンの秘伝のレシピなんです。

さて、何らかの謎が話題にのぼると、それについてメンバーは各自、いろんな自説を展開します。彼らは弁護士、暗号の専門家、化学者、数学者、作家、画家といった一流の教養人なので、実にさまざまな意見が飛び交います。しかし、どれも最後には否定され、結局、真相を言い当てるのはいつも給仕のヘンリーなのです。かくしてヘンリーは見事な安楽椅子探偵ぶりを発揮するのですが、実はこの物語で最も面白いのは、ヘンリーが謎を解くところでないことが多いんです。もちろん、決してオチがつまらないと言ってるんじゃありません。その前に交わされる、メンバーの会話部分が、きわめて面白いからなんです。そこで、黒後家蜘蛛の会の面々について、ちょっとご紹介してみましょう。

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【ジェフリー・アヴァロン】 …… 弁護士。ただし、法廷に立つようなことはなく、特許関係のトラブル解決が専門。
イギリス紳士風で、190cm近い長身の背筋をビシッと伸ばし、みんなを見おろすようにして話す。ロマンスグレーの髪に黒々とした眉、深みのあるバリトンの声だが、歌うと「世にも珍しいケタ外れの音痴」。何についても一家言あり、特にアメリカ史には非常に詳しい。パイプ党。
愛称はジェフ。

【トーマス・トランブル】 …… 政府の役人。特殊な部署(おそらく諜報関係)で、暗号関係の仕事をしている。
堅く縮れた銀髪、ブロンズ色に日焼けした顔に、いつも苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべており、めったに笑わない。嫌煙家。声は大きいが、しばしば陰にこもったような話し方をする。議論になると噛みつくようなしゃべり方になる。遅刻の常習犯で、最後に駆け込んでくることが多い。
愛称はトム。

【マリオ・ゴンザロ】 …… 一流の画家。毎回、会に招かれたゲストをカリカチュアにした似顔絵を描くのが習慣。
ロン毛で、服装については非の打ち所がなく、派手な服を粋に着こなしているラテン系の独身ダンディ。しかし教養人揃いのメンバーの中では文学や歴史、科学といった分野の教養に乏しく、「なんだ、その○○ってのは?」に類した質問をしばしば飛ばす。
愛称はそのまま、マリオ。

【イマニュエル・ルービン】 …… 作家。ミステリを中心に書いているが、その他の分野のものも書く売れっ子。
レンズの分厚い眼鏡にまばらな髭が特徴。メンバー中で最も小柄だが、声は一番大きい。ものすごい博覧強記で、「頼まれればプロのオーボエ奏者に吹き方を教えるくらいのことはする」ような男。非常なおしゃべり。言い負かされそうになるとすぐムキになるタイプ。
愛称はマニー。

【ジェイムズ・ドレイク】 …… 有機化学者。遺伝子やDNAに関する、素人向けの本を執筆したこともある。
細長くて四角い顔に口髭が特徴。ヘビースモーカーであり、いつも煙に包まれている。そのためか、息が洩れるようなしゃがれ声でボソボソしゃべり、しばしば自分の煙にむせて咳き込む。メンバーの中では最古参。シリーズ後半では、すでに現役を引退している。
愛称はジム。

【ロジャー・ホルステッド】 …… ハイスクールで代数などを教えている数学教師。天文学や物理学にも詳しい。
はげ上がった頭をしており、興奮すると後退した額の線から上もピンク色に染まる。あまり張りのない声で話し、少し吃音がある。一番の食いしん坊で、メタボな腹部を気にしている。言葉遊びの類が大好きで、リメリック(諧謔五行詩)をひねるのが趣味。
愛称はそのままのロジャーか、または、ログ。
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世評では、優れた作品は第1集と第2集に集中しており、それ以後はだんだん質が低下していると言われています。しかし今回、第1集から第5集まで通して読んでみて感じたのは、確かにミステリ的な意味合いで評価するとそうなのかもしれないけれども、読み進むに連れて各キャラクターに親しみが沸いてくるので、面白さはまったく低下しないということでした。それどころか、アシモフの底知れない知識の深さには驚かされてばかりです。

もちろん、これだけシリーズが続くとマンネリは避けられません。また、英語の知識がないと理解しにくいオチになっている場合もあります。でも、ここで特筆大書しておきたいのが、このシリーズの翻訳のすばらしさです。池央耿(いけ・ひろあき)さんという方が訳しているんですが、英語のシャレや語呂合わせといったものを、見事に日本語に写しとっているところなんか、もうヘンリーの給仕ぶりに勝るとも劣らない職人芸だと思います。池さんという訳者を得たからこそ、このシリーズは真価を発揮できたのだと言っても良いでしょう。日常の謎系ミステリがお好きな方だけでなく、気のきいたショートストーリーが好きな方、そして翻訳の仕事に携わる方にも、ぜひ読んでいただきたいと思う連作なのです。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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『黒後家蜘蛛の会 1』 アイザック・アシモフ
「アイザック・アシモフ」の連作ミステリー作品『黒後家蜘蛛の会 1(原題:the Black Widowers 1)』を読みました。 [黒後家蜘蛛の会 1] ...続きを見る
じゅうのblog
2014/05/19 23:25

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