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zoom RSS 『吉原手引草』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/06/27 23:41   >>

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私がほぼ毎週、顔を出している、ある音楽教室。生徒さんには子供も多いので、先生は単にピアノやヴァイオリンを教えるだけではすみません。

子供たちにとっては学校の先生より取っつきやすいんでしょう。遊び相手にもなるし、宿題を手伝ったり、いろんな相談に乗ったりすることもあります。その先生が、私に「これどう思う?」と渡してくれた紙切れ。文字の並べ替えパズルが数問載っていました。つまり、「泉にシャケ」→「いずみにしやけ」→「焼け石に水」のように、意味不明の文章を、ことわざに変換するというパズルです。

先生いわく、「せっかく、子供たちにやらせてみようと思って作ったんだけど……。こんなのさあ、もとのことわざを知らないと、できないじゃない。でも、最近の子供はことわざなんて知らないんだよね。答えを教えてあげても、何それー、で終わっちゃうんだよ」。しかし見てみると、そこで扱われているのは、誰でも知っているようなものばかり。「嘘つきは泥棒の始まり」だとか、「憎まれっ子世にはばかる」、「どんぐりの背比べ」といったところ。近ごろの子は、こんなのも知らないんですねえ。

たとえば、時代小説を読むときには、言葉などについて一定の知識が必要だったりします。でも、こういう子供たちが大人になる頃って、時代小説や時代劇の需要も、どんどん減ってるんでしょうか。どうも、私としてはあまり想像したくない未来なんですけど。それで、先生には言っておきました。「古典落語でも聴かせてみれば?」。……いや、効果のほどはわかりませんが。

さて、松井今朝子という作家は、作品によって当たりはずれがあると個人的に感じているので、しばらく前に買っておいた『吉原手引草』はずっと積ん読になっていました。この人が得意とするのは歌舞伎の世界を描いた物語で、なかでも『非道、行ずべからず』という作品はなかなか面白い時代ミステリにもなっています。

文章は全体に淡々としているのですが、人物のイメージ喚起力に優れていて、たくさんの登場人物がしっかり描き分けられている印象があります。謎の作り方はオーソドックスですが、その重層化がうまくて、東野圭吾あたりが江戸ミステリを書いたら、こんな感じになりそうです。

ただし、こういう作品は確かに読み手を選びます。時代小説好きにはそれほどでもないでしょうが、慣れてない方は、江戸の風俗とか時代小説の用語の解説書を、そばに置いておいたほうが良さそうです。が、その点、今回の『吉原手引草』は、時代小説は苦手だという方でも充分に楽しめる(ミステリ好きであれば特に)作品になっています。前作から二年の期間をおいて書かれたということもあってか、語り口が格段に進化しているからです。

十年に一人というほどの器量を備えた、人気絶頂の花魁(おいらん)・葛城が、ある日忽然と姿を消します。彼女に強い関心を寄せる若い男(正体は伏せられています)がインタビュアーとなって、葛城のことを知る十六人の人物を訪ね歩き、話を聞き出しながら、失踪の謎を探っていくという構成です。が、聞き手の男が発する言葉は、文章にはまったく入っていません。あくまで十六人それぞれの一人語りであり、個々の章は別々の人物によって語られるわけです。

妓楼の主人からたいこ持ちまで、遊里ならではの、さまざまな職業や立場の人々が、言葉によって見事に描き分けられています。立場が違えば見方も変わるという、考えてみれば当たり前のことが、まざまざと浮かび上がってくる様子は、とにかくすばらしい臨場感に満ちています。さほど長くもないそれぞれの章に、吉原という特殊な世界で生きている人々のエッセンスが凝縮されているかのようです。

現代の銀座のホステスさんたちが、美しいだけでは商売にならないように、吉原のトップレディである葛城も、聡明で肝っ玉が据わっていて、人を惹きつけるカリスマ性も溢れるほどに備えています。その彼女が、好条件で身請けされることが決まった矢先、姿を消してしまったのはなぜか。それも、忍者の里のごとく、抜け出すことは不可能と言われる巨大な密室・吉原から、いったいどうやって消えることができたのか。しかも最後の客は行方不明……。

とにかく、物語を読むということの快感を堪能させてくれる作品です。結末への収束もきれいで、破綻なくまとまっています。ミステリとして読んでも面白いですが、江戸時代を舞台とした物語を読んでいくうえでの入門編としても優れていますし、何より“面白い小説”を読みたいと思っている方なら、どなたにでもオススメできる逸品です。

【7月18日追記】 『吉原手引草』は、昨日の選考会で第137回直木賞の受賞作に決定したそうです。おめでとうございます。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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