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スティーヴン・キーラーから刑事ぶたぶたまで、ミステリと名が付けば手当たり次第の私ですが、この本の購入には若干ためらいがありました。 というのも、収録されている作品のほとんどを、すでに他のアンソロジーなどで読んでいたからです。私にとっての初見は『厄日』『宗歩忌』『時計』の3篇のみ。全424ページのうち、未読部分が80ページにも満たない本を、3000円近くも出して買うのか、という意地キタナイ思いが、一瞬アタマをよぎったわけです。 まあそれでも、一篇ずつバラバラになっている山沢作品をまとめて読めるということ、未読の3篇を読んでみたいという誘惑、そしてもうひとつ、日本評論社に対するエールの意味で買うことにしました。なんといっても、天城一作品集を3冊も出してくれた同社のことですから、山沢傑作集の第2弾第3弾も期待したいですし、そのあとには宮原龍雄傑作集なんてのも、出してくれるんじゃないか……と思ったりするわけですよ。ねえ、日下三蔵さん。 天城一・山沢晴雄・宮原龍雄のお三方を、私は密かに“鮎哲三人衆”と呼んでいます。それは、皆さん余技作家でありながら、名アンソロジストでもあった鮎川哲也さんが編んだ傑作集に、必ずと言っていいほど、三人のうち誰かの作品が収録されているからです。実際、今回の傑作集収録作品のうち、『離れた家』『神技』『罠』の3篇と未読の3篇以外は、すべて単独で鮎川編集本に入っています。 ところで、山沢氏といえば、難解な作風でも知られています。山沢作品のひいきだった鮎哲先生にしてから、そのむかし双葉社から出したアンソロジー、『殺意のトリック』に収録した『銀知恵の輪』の解説文で、こんなことを書いています。 ちょっと引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山沢晴雄はわれわれのなかでも最右翼に属した作家で、そのトリックは晦渋をきわめ、余程熱心な読者でなければ理解できなかった。私の例でいえば《むかで横町》は二度読んでようやく納得したものの、三度目に読んだらまた解らなくなってしまった。中編《離れた家》は二度読んだけれど、ついに歯が立たず今日に及んでいる。編者としては《砧最初の事件》を採りたかったが、これまだ難解だという反対の声が上がったため、本編に変更した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用ここまで ちょっと引いてしまいそうな解説を、堂々と書いているあたりが鮎川さんらしいですが、このエピソードは最近宝島社から出た、小山正編『バカミスじゃない?』の前説でも触れられていますから、そこそこ有名な話なんでしょう。問題の『離れた家』を表題作にしているあたり、この傑作集もタダモノじゃない雰囲気を漂わせています。でも、未読の方には怖れずにチャレンジして欲しいと思います。確かに難解ではありますが、これが本格推理の王道にして極北なんですから。 さて、山沢作品は、密室ものも含めて、全てがアリバイトリックを中心に置いています。しかも、起きる事件そのものは非常に地味で、普通に新聞の三面記事を飾るような、市中の殺人事件ばかりです。ケレン味はまったくなく、演出がヘタ、とよく言われるようですが、そもそもそういう路線を目指していないと見るべきでしょう。 将棋の愛好家らしく、『銀知恵の輪』『金知恵の輪』の2篇は、古典の詰め将棋からタイトルが取られています。興味のある方は、「詰将棋博物館」というサイトにありますので、ご覧になってみて下さい。和算の大家でもあった久留島喜内の『将棋妙案』という作品集に収められた100の詰め将棋問題のうち、第68番が『銀知恵の輪』、第69番が『金知恵の輪』です。『銀』が59手詰め、『金』は73手詰めという長手数ですが、「詰将棋博物館」ではクリックひとつで詰め手順を画面上に再生してくれますから、駒の芸術的とも言える動きを見て楽しむことができます。 収録作品はこれらの詰め将棋と同様、精密に組み立てられたものばかりですから、一篇ずつの解題は本書の解説部分を読んでいただいたほうがいいでしょう。が、いずれも読み応え充分で、本格作品をじっくり味わいたい方には、もってこいだと思います。考えようによっては、長く楽しめる作品集だとも言えるわけですし。 ※蛇足ですが、収録作品のうち『宗歩忌』は幻想小説風の作品で、将棋史に関する知識があったほうがわかりやすいと思いますので、若干の用語解説を。 まず、天野宗歩(あまの・そうほ)というのは幕末に実在した棋士です。当時の将棋界は家元制で、大橋本家・大橋分家・伊藤家が将棋三家と呼ばれていました。名人位はこの三家持ち回りで世襲していたので、宗歩は名人になることはできませんでしたが、実力はその上を行くと言われた在野の強豪でした。留二郎というのは宗歩の本名です。 名人に就位することが内定した棋士は、詰め将棋百番を作って将軍に献上することが慣習でした。「献上図式」というのはそのことで、「図式」とは詰め将棋の問題図を指します。また、「作物」は“さくもの”と読み、詰め将棋の作品を意味します。なお、小島雄之介というのは、おそらく架空の人物だと思われます。 ※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。 |
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[感想]山沢晴雄『離れた家』
離れた家―山沢晴雄傑作集 日下三蔵セレクション 作者: 山沢晴雄, 日下三蔵 出版社/メーカー: 日本評論社 発売日: 2007/06 メディア: 単行本 強い、というイメージ。このミステリの強度は他にはちょっと見られないほど。感想はこちら。 気に入ったのは第1部。怪しげな空気 ...続きを見る |
雲上四季 2007/09/24 00:04 |
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