『ブラッドリー夫人の推理』第3話を観て。
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作成日時 : 2007/07/01 10:04
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第3話の原作は、作者ミッチェルのお気に入りだった『月が昇るとき』です。この特異な作品をどう映像化するのか、と思っていましたが……。
原作のほうは、国書刊行会の『ソルトマーシュの殺人』の成功に刺激されてか、晶文社から翻訳され、一部で高い評価を受けました。作品としての完成度は『ソルトマーシュの殺人』のほうが上だと思いますが、個人的な好みではこの作品も甲乙付けがたい出来映えです。若い女性ばかりが連続して無惨に殺されるという、切り裂きジャック事件を思わせるような陰惨な内容なのですが、13歳の少年の目を通して描かれるという点が、まず変わっています。
探偵役のブラッドリー夫人は、半分近く読み進むまで登場しません。語り手の少年は、11歳の弟と共に事件に巻き込まれていき、ブラッドリー夫人に協力して小さな探偵ぶりを発揮します。原作のそんな設定は、何とも言えないノスタルジックな感覚と、不思議な詩情を生み出していて、びっくりするような最後の一行に至るまで、目を離すことができないような面白さに満ちています。犯人の造型は非常に特殊で、クリスティと同時代人の女性作家が、こんなことを考えるとは……という感じです。
で、期待と不安を胸に(とはオーバーですが)、第3話を観たのですが……。正直、期待はずれでした。原作のストーリーをなぞっていたのは、最初のうちだけ。人物の配置も大幅に変わっていて、語り手だったはずの少年たちは、設定が違うだけでなく、話にも全く絡みません。そればかりか、中盤以降はもう全然別の話になってしまいます。
結末近くの、ある印象的なシーンだけは、形を変えて描かれていますが、そこへたどり着く道筋も変わっていますし、犯人も違います。またその動機も、いうなればクリスティ的なものに変更されていて、ありきたりのフーダニットに堕していると言わざるを得ません。もっとも、これならば、ドラマ版を観たあとでも、原作を読んで充分にオドロキを味わえること、請け合いですが。
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