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《絶版・品切れミステリコレクション》…その第5回として、ピエール・ボアローの単独名義で最後の長編、『死のランデブー』を取り上げます。 この本は、なぜか読売新聞社が1986年に突然、刊行スタートした全6冊の“フランス長編ミステリー傑作集”に含まれる1冊です。ボアロー以外の作家はフレデリック・ダール、シャルル・エクスブライヤ、ジョルジュ・シムノン、フランシス・リックという渋いラインナップで、ダールだけ2冊入っています。 メグレ警部のシムノンを別にすると、知名度の低い作家ばかりですが、ボアローはナルスジャックとの合作作家としてなら、映画化された『悪魔のような女』とか『死者の中から』などの作者として有名です。この2人は、それぞれが単独で作家として活動したあと、意気投合して合作を始めたという珍しいパターンなので、その点がクイーンやクエンティン、ロジャー・スカーレット、シューヴァル&ヴァールー、岡嶋二人といった、他の合作作家とは根本的に違っています。 ボアロー&ナルスジャックの2人は、おのおのが合作を始める前に書いた作品の欠点を補い合っていて、コンビを組んだことが作品の質をアップさせた最高の例だとも言われています。逆に言えば、単独作品はイマイチだ、という評価も定着しているわけです。しかし、欠点を補い合ったというと、もともとの2人の作風が全然違うのかと思われがちですが、実のところ大差はないので、合作を開始した時点で何らかのインスピレーションが発生したということなのでしょう。 1人で活動していた時期のボアローの評価が低いのは、トリック偏重の不可能犯罪ものばかりで、物語としてのふくらみが全くない作品ばかりだということに起因しています。ボアローが単独で書いた長編は9つあって、そのうち『死のランデブー』を含む3冊に邦訳があるのですが、あとの2冊、『三つの消失』と『殺人者なき六つの殺人』はどちらも密室もので、不可能犯罪が次々に発生します。 これらが翻訳されたのはたぶん、この当時ステーマンなどフランスの本格系作家を積極的に紹介しようとしていた松村喜雄氏の活動によるものでしょう。彼は鮎川哲也御大の友人で、鮎哲センセイの出版社に対する影響力を利用していたフシもあります。いずれにせよ、あまり注目されていなかったボアローやステーマンの作品が日本語で読めるのは、松村喜雄氏のおかげ、と言えそうです。あまり本は売れなかったみたいですが。 どちらの作品も、不可能犯罪もの好きであれば、まあまあ楽しめるとは思うのですが、だからといって“トリック偏重”という評価を覆すようなものでないことも事実です。ポール・アルテあたりを読んでいる方ならお気づきだと思いますが、フランスのミステリ長編というのはどれも短いのです。長い作品が売れない、というフランスの出版事情もあるんでしょう。おおむね、同時期の英米作品の半分程度の長さしかありません。その中にいくつもトリックを仕掛けるというのですから、詰め込みすぎになっているわけです。私としては、そのサービス精神だけでも買いたいと思うのですが……。フランスの本格作家は、500ページを超す大長編だらけの日本を、羨ましがっているかもしれませんね。 さて、『死のランデブー』はボアローが単独で書いた長編としては最後のもので、彼の作品のほとんどに登場する私立探偵、アンドレ・ブリュネルものの1冊です。が、この作品は不可能犯罪ものではなく、ブリュネルもほとんど活躍しません。その代わりに、最後の長編だから、というわけでもないでしょうが、ちょっとした趣向が凝らされています。ところが、この訳書では不思議なことに、原著の“はしがき”を“訳者あとがき”の中に入れていて、ボアローの意図を無視した構成になっています。 はしがきで、ボアローが何を狙って書いたのかを宣言している形になっているので、もしこの本を手にする機会があったら、必ず“訳者あとがき”から読んでください。そのほうがずっと楽しめるはずです。その狙いというのが、かなりユニークなものだからです。どういうものなのか、少し引用してみましょう。 ちょっと引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 誰が? なぜ? いかにして? 『死のランデブー』がめざす目的は、三つの基本的疑問をうまく回避することなのだ。 (中略) そういうわけで、読者が最初から殺人の動機と実行の詳細を知っており、犯人の発見が、読者には興味がないように見える一篇の探偵小説が出来あがった。 『誰が?』でもなく、『なぜ?』でもなく、『いかにして?』でもない。 にも関わらず、ひとつの本格探偵小説なのである。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用ここまで つまり、フーダニットでもホワイダニットでもハウダニットでもない本格、という方向を模索してできた小説だ、ということを言っているわけです。といって、叙述系のトリックを仕掛けている、ということでもありません。果たして、本当にそんな本格ミステリが成立するものなのか、それは読んでのお楽しみ。 物語は、毛皮卸商マルナン商会のオフィスで幕を開けます。会計係のジュリアンは、美貌の妻を持っていながら浮気をしているらしく、“ガブリエル”と署名された手紙が数ヶ月前から何通も届いていました。事務のOLたちが、それらの手紙に興味を覚え、強いライトで透かして盗み読んだりしていたことに気付いたのか、最近では手紙がこなくなり、代わりに“ガブリエル”から、しょっちゅう電話が掛かるようになっていました。 女からの電話があるたびに、何かと理由を付けて早退するので、社長はラウールという探偵小説好きの少年社員に、ジュリアンを尾行するよう指示します。その日も電話があり、ジュリアンが早退したので、ラウールはOLたちに冷やかされながら、尾行を始めます。四苦八苦しながら、ラウールは何とか尾行を続け、やがてジュリアンがブロンドの美女と待ち合わせている現場に遭遇。さらに尾行を続けたラウールは、2人がパリ郊外の、古びた一軒家に入っていくのを突き止めます。 ところがその直後、怪しげなグレーのコートの男が現れ、2人のいる家にこそこそと入っていったのでした。怪しい男は、ジュリアンの浮気相手の夫で、不倫の現場に踏み込んだに違いないと感じたラウールでしたが、その疑いだけではどうすることもできず、そのまま現場を離れ、帰宅します。ところが翌朝、マルナン商会に警察から電話があり、ジュリアンが例の一軒家で殺されたらしいので、死体を確認して欲しいと告げられたのでした。 社長とラウールは、死体を確認したあと警察の事情聴取を受けます。そこに、ジュリアンの妻マルティーヌが、ジュリアンのいとこの青年アシルを連れて現れます。死体を見てうちひしがれるマルティーヌ。彼女に対するアシルのそぶりを見れば、彼がマルティーヌに恋していることはバレバレでした。アシルはマルティーヌにいいところを見せようとして、ラウールの協力のもと、探偵のまねごとを始めるのですが……。 人物描写に難があるとされてきたボアローですが、この作品では、マルティーヌに恋する気弱なアシルの心情がきめ細かく描かれていて、ナルスジャックとの合作を始めてから見せた筆の冴えが、すでにあらわれ始めているように感じます。物語の半分以上は、このアシルの視点で語られるのですが、そのことがプロットの核にもなっていて、うまいやり方だと思いました。ボアローの狙いが成功しているかどうかは判断の分かれるところです。私は、かなり楽しめたとだけ申し上げておきます。 ※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。 |
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