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zoom RSS 『下関仙崎・愛と殺意の港』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/08/17 23:56   >>

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旅情ミステリ、というジャンルがあります。ある地方に関連した事件が起きて、刑事が捜査のために旅をする。2時間ドラマに良くあるヤツです。

内容的には軽いものが多く、ミステリといっても、新本格あたりの読者層とは、あまり重なってないのではないか、と思います。それでも、ある程度のセールスを確保している、というか、よく売れているようです。この分野を専門に書いている人が何人かいて、中にはどう見ても、舞台となる地方が変わっただけのワンパターンな作品ばかり、という作家も見受けられます。

概してミステリとしてのレヴェルは高くなく、風俗小説的に読むしかない作家もいます。しかし、中にはキラリと光るものを含んだ物語もあるので、ファンとしては無視できる分野というわけでもありません。興味を持っている、旅してみたいと思っている、あるいはすでに行ったことのあるところや、自分の住んでいる地域を舞台にした作品の場合、ついつい手に取ってしまう、ということもあるでしょう。私もそのクチです。

ただ、執筆するにあたって、舞台となる地方をちゃんと取材しているのかどうか、疑わしく思ってしまうような作品もあります。まあ現代なら、ネットや旅行ガイド本での資料調査だけでも、想像力をふくらませれば書けるのかもしれません。が、その地方の人間から見れば「なんなんだこりゃ」なものになってしまいかねない、ということです。たとえば、田中光二という作家の『つぶやく骨 秋吉台殺人事件』(光文社)。事件の舞台が秋吉台周辺ということで、登場人物の多くは山口人です。ところが、なぜかこの作者は「山口県では、関西弁が使われている」という誤解をしているらしく、地元の人間からすれば噴飯ものの作品になっているのです。

山口県は、博多弁を使う福岡県と、ヤクザ映画でおなじみの広島弁を使う地域に挟まれていますが、イントネーションやアクセントは標準語と同じで、あらたまった席で方言を使うことはありません。むろん、関西弁をしゃべる山口人など、関西での暮らしが長かった人に限られるはず。こんなもの、一度でも取材に訪れていればわかることだと思うのですが、おそらくこの作者は現地を見ることなく書いたのでしょう。何とも安直な話です。

さて、今回読んだ『下関仙崎・愛と殺意の港』(ジョイ・ノベルス)には、わが地元、下関市が登場します。いかにもなタイトルなので、少々手に取るのがためらわれたのですが、作者が大谷羊太郎だということで、そんなにひどい作品にはなっていないだろうと想像していました。密室物好きの大谷氏のこと、ひょっとしたらそういう展開も……との期待もありました。丁寧な本格の書き手、という印象を持っていたからです。

1990年代以降の大谷氏は、この作品を含む“八木沢警部補シリーズ”で旅情ミステリをいくつも書いています。が、もともとはガチ本格系の人で、『死を運ぶギター』や乱歩賞を取った『殺意の演奏』、そして『虚妄の残影』、『旋律の証言』、『殺人変奏曲』などなど、デビューからしばらくは密室ものばかりを書いていた時期もありました。

トリックのみの、ワンアイデア作家と見られることも多かったようですが、生み出したトリックを大切に扱っているような作風は、私には好感の持てるものでした。よく言われる密室の必然性だけでなく、仕掛けがうまく作動しなかったときにどうする、というところまで検証するなど、配慮が行き届いているのです。何か1冊読んでみようという方には、短編集『真夜中の殺意』か、長編では『悪人は三度死ぬ』をオススメしておきます。

『下関仙崎・愛と殺意の港』も、読んでみるとていねいに現地取材した様子がうかがわれます。地下鉄も私鉄もない地方都市を、刑事が聞き込みに回る場合、地元の人間からすればどう考えても無理なタイムテーブルで移動している、というような矛盾が、旅情ミステリにはよくありますが、さすがに大谷氏はそんな、いい加減な書き方はしていません。

物語の大半は、探偵役である八木沢警部補とコンビを組む若い女性刑事・島野理絵の視点で描かれています。さて事件は、東京・荒川区の古びた木造アパートで、女性の他殺死体が発見されるところから幕を開けます。かなりの貧乏暮らしらしく、残されていた預金通帳は残高5万円、家具や電化製品もリサイクル品や古いものばかり。姉妹で暮らしていたらしいのですが、普段は何をしていたのか、それすらよくわかりません。唯一のぜいたく品はアロマキャンドル。そのほか、金子みすゞの詩集が1冊残されていました。

名乗っていたのも偽名らしく、身元はなかなか判明しませんでした。しかし、被害者の顔が有名IT企業の社長・花宮麗子に似ている、と島野刑事が気付いたことから急展開。貧乏暮らしのOLと見えていたのは、セレブとして知られる、その女社長だったのです。花宮麗子がそんな奇妙な二重生活をしていたことは、周囲の誰も知らず、またその理由も不明でしたが、会社関係者を中心に数名の容疑者が浮かび上がります。

特に、花宮社長に恋愛感情を抱いていたらしい、秘書室長の長江が有力となり、尾行がつけられます。その長江と親しくしていた早浦という男に聞き込みした結果、花宮社長が時々密会していた羽黒という実業家が新たに浮上。金子みすゞの詩集を薦めたのは羽黒であることも判明します。しかし、容疑を深めた捜査本部が、羽黒を呼んで事情聴取しようとした矢先、彼も殺されてしまいます。

事件の背景が、花宮社長の隠された過去にあると睨んだ八木沢は、それを知る人物を求めて、島野刑事とともに下関に向かいます。当地に住む、引退した財界の大物が、花宮社長を援助していたこと、そして謎めいた二重生活の理由が次第に明らかになっていく中、金子みすゞの詩集が事件のカギになっていると考えた2人は、みすゞの故郷である仙崎に向かうのでした……。

密室トリックなどの大仕掛けはありませんが、本格ミステリとしての起承転結はキチンと備えています。二つの殺人には、それぞれダイイングメッセージめいた手がかりが残されていて、しかもそういう話にありがちな不自然さを感じさせない作りになっています。犯人もけっこう意外な人物に設定されており、解決までの詰めも、手練れの仕事、という感じです。何より、地元の人間としては下関が綺麗に描写されているのが嬉しいポイントでした。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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