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東方不敗というと、今では別キャラを連想する方が多いでしょうが、香港の美人アクション女優、林青霞を思い浮かべる方も少なくないはず。 ブリジット・リンこと林青霞の名前は、中国の作家、金庸の武侠小説『笑傲江湖』をベースにして作られた映画、『スウォーズマン』シリーズ(の第2作・第3作)を観た人なら、必ずや印象に残っているでしょう。男装の麗人という言葉が、これほど似合う女優さんはいません。あの映画での東方不敗の役は、まさに彼女のためにあるようなものでした。 この『もろこし銀侠伝』(東京創元社ミステリ・フロンティア)に収録されている短編、『雷公撃』には青霞という神秘的な女性が登場しますが、これを書いたときの作者の頭の中に、ブリジット・リンがいたことは間違いないと思います。でも、どうしてババアにしちゃったんでしょうか。収録作品すべてに、人間離れした老人たちが登場するところをみると、この作者は爺さん婆さんキャラに、妙な思い入れがあるのかも知れませんけど。あるいは、『男塾』あたりの影響なんでしょうか。あの作品世界も、ジジイ最強ですから。 そうそう、『男塾』といえば民明書房ですが(w)、『もろこし銀侠伝』の各編の冒頭にも、まるで民明書房の解説文を詳しくしたような囲み記事が置かれています。引用元の本が実在するのかどうか、私には不勉強でわかりませんが(たぶん、創作なんだろうと思います)、雰囲気はあれとよく似ているんです。非常にもっともらしく書かれているので、作り物じみたところはないんですけど。 作者、秋梨惟喬(あきなし・これたか)について、裏表紙に書かれている略歴を見ると、旧筆名は那伽井聖(なかい・きよし)で、1993年に光文社の『本格推理2』に『落研の殺人』が載り、1995年の創元推理短編賞で最終選考まで残った『憧れの少年探偵団』が『推理短編六佳撰』に載っているとのことでした。 当時の解説文には、第2回の鮎川賞に応募した『羅●の首』(らこうのくび。●は目ヘンに候)という長編があると書かれていますが、この作品は出版には至っていません。この年は、石川真介の『不連続線』が受賞したほか、篠田真由美の『琥珀の城の殺人』(講談社文庫)も最終選考に残っていたようです。鮎川御大の選評を見ると、「本格物のスタイルを借りていながら、それを逸脱した構成には首をかしげる」とあります。 それで、この稿を書くついでに、『落研の殺人』と『憧れの少年探偵団』の両作を読み返してみました。どちらも心理的な密室もので、トリック部分はわりあい良くできています。前者は、作者も言っているように鮎川の某傑作をひとひねりしたオチ。「読者への挑戦」も付いていて、なかなか楽しめます。後者は、小学五年生の視点で書いた作品なのですが、その構成が手に余っているようです。トリックは、笹沢左保のある長編をヒントにしたんじゃないか、という感じ。でもこの発想そのものは素晴らしいと思います。また、付け足し的に書いてある「怪人二十面相」に関する考察は、わりと面白いものでした。 しかし、気になったのが、どちらもオタクっぽい(前者は落語の、後者は特撮番組の)文章がところどころに入っていること。特に『憧れの少年探偵団』のほうは、それが鬱陶しくてしょうがありませんでした。とても子供とは思えない言葉づかいも引っかかります。それと同じことが、この『もろこし銀侠伝』にも言えます。古代中国の話なのに、登場人物たちのしゃべり方はまるで現代人のもの。もちろん、本当に古めかしい言葉づかいにしたのでは読みにくいだけですが、そこらへんの微妙なさじ加減が、出来ていない気がします。 この本、巻末に用語解説のページがあるのですが、こういうものを入れるなら、巻頭にしておくべきじゃないでしょうか。気付かないで読み進んでしまう人もいそうです(私は巻末解説を先に読むタイプではないので、見逃していました)。もっとも、『三国志』や『水滸伝』、あるいは金庸の武侠小説を読んでいる人なら、あまり必要ない程度の解説ではあります。おそらく、日本の時代小説を読むときより、前提となる知識は少なくて済むでしょう。若い読者向けの書き方にしてある、ということなのかもしれません。 収録作品は4つで、いずれも銀でできた牌をモチーフにしているのが、このタイトルの由来でしょう。最初の3篇が短編、最後の『悪銭滅身』は中編で、分量的には本書の半分を占めています。アンバランスな構成であるうえ、銀牌はそんなに活躍するわけでもありません。「老人と少女のペアが事件に挑む」かのごとく書かれた紹介文を見てこの本を手に取った読者は、面食らう可能性が大です。まあこれは、別に作者の責任ではないと思いますが。 収録作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『殺三狼』(しゃさんろう) 複数の毒味役をおき、警戒怠りなかった男が、猛毒によって殺されてしまいます。男は“殺三狼”とあだ名される、特殊な殺人技の使い手でもあり、むざむざと毒を飲まされることも考えられません。唯一毒味をしていなかったのが、彼のために処方された薬だったため、それを売った薬屋の蒲半仙に疑いがかかり……。第3回ミステリーズ!新人賞受賞作。“殺三狼”は“かめはめ波”みたいな技のように説明されていますが、それが一種のミスディレクションになっています。聞き込みシーンが、まるで推理もののゲームソフトみたいなところが、ちょっと安っぽいですね。 『北斗南斗』 受験のため、旅をしている顔賢。ある宿の離れに泊まった夜、寝付かれないため、庭に出てみたその時、頭に何かがぶつかり、意識を失ってしまいます。翌朝、使用人の蔡徳にゆり起こされてみると、そばには見たこともない若い女が倒れており、胸に匕首を突き刺されて死んでいました。しかし庭には侵入したような足跡もなく……。一種の開かれた密室ものですが、このトリックは大坪砂男の某短編にもあり(と言えば、知ってる方にはわかっちまうでしょうが)、銭形平次にも似たのがあります。不可能状況より、叙述的な仕掛けと、その余韻のほうを楽しむべき作品でしょう。 『雷公撃』 原始的な鉄砲、“銅銃”の名手と謳われた男が、自宅で殴り殺されます。凶器はそばに転がっていた銅銃の柄で、被害者の後頭部は大きく陥没していました。しかし、現場となった離れの扉は内側からカンヌキが掛かっており、窓には頑丈な格子がはまっていて、人の出入りは不可能。死体発見の直前、この部屋から銃声がしたというのですが……。トリックから発想されたと思われる作品。最初は陳舜臣の『梨の花』を連想しましたが、中心ネタはソーンダイク博士ものの有名短編の変形でした。私の好きなバカミス系密室で、なかなか良くまとまった佳作だと思います。 『悪銭滅身』 『水滸伝』きっての色男、燕青が主人公。彼を兄貴と慕う、魚の振り売り男・韓六郎は手癖が悪く、ある宿に忍び込んで、病人の財布を盗んできたと話します。燕青に叱られてしょげていた韓六郎でしたが、やがて不可解な殺され方をした死体となって発見されることに。燕青が多くの協力者の力を借りながらその真相を調べていくうち、「徐夫人の匕首」と呼ばれる、恐ろしい凶器の存在が浮かび上がり……。中盤はややダレ気味ですが、真相の意外性は秀逸。終盤の活劇シーンも見ものです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『北斗南斗』には、明らかに矛盾したセリフのやりとりがあったりして、締め切りに追われながら書かれたような感じを受けます。『殺三狼』も、受賞作品としてはやや構成が弱いでしょう。有栖川有栖は激賞しているようですが。しかし、あとの2篇はけっこう気に入りました。『憧れの少年探偵団』のときには鼻についたオタク臭も、この本では例の民明書房風の前説を使うことによって、上手く薄められています。 各編の出だしには、カットバック式の描写があるのですが、それが作品によって、生きているものとそうでないものがあり、画一的にスタイルを揃える必要があったのかなあ、と思ってしまいます。聞き込み的なシーンが長く続くとダレてくるようなので、この人は本質的に長編向きではないのでしょう。ただ、登場人物に関して言うと、爺さん婆さんを中心に、どれもキャラはしっかり立っています。もちろん、水滸伝のキャラを引っ張り出せば、それだけで十分という見方もあるでしょうが……。 ※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。 |
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