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zoom RSS 『夕陽はかえる』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/10/21 23:57   >>

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霞流一は、自覚してバカミスを書いてるんだ、とばかり思っていましたが、どうやら確信犯的にバカミスを書いたのはこれが初めてのようです。

というのも、ミステリマガジン11月号に掲載されている飯野文彦との対談の中で、この『夕陽はかえる』について、「新境地っていうか、初めてどうしても書きたいものを書いた。これまでは、書いたら“バカミス”って呼ばれたんだけど、今度のは逆に、“バカミス”って概念がなかったら、できなかったと思うな」と発言してらっしゃるんです。飯野氏がそれに対して「枠ができたからこそ、越えたってことだね」と言うと、霞氏は「このあと“バカミス”や本格がどうなっていくのか、逆に仕掛けてやろうって」と答えています。

アルコールが入って大風呂敷になっているのか、本気なのかはわかりませんが、『夕陽はかえる』にそれほどの新味があるとは思いません。スラプスティックな本格、という本筋は同じだからです。早川書房の編集者はタランティーノや鈴木清順、三池崇史みたいな感じ、と言ってますが、私の読後感は山田風太郎の『甲賀忍法帖』的な対決シーンを織り込んだバカ社会派ストーリーを、東郷隆の『定吉七番は丁稚の番号』ふうのバカ世界観で書いて、そこに重要なキーとして2つのバカ不可能犯罪を入れた、というもの(ええと、ホメてます)。

霞作品には、キャラじゃないのにおちゃらけているようなイタさを感じることがあるんですが、まあ今回は成功した部類でしょう。500ページを超える大作ですが、スラスラと読めちゃいますし。で、対決シーンというのは何のことかというと、この作品の主要な登場人物のほとんどが殺し屋で、彼らの殺し合いが何度も発生するんです。ストーリーと密接に絡んだ対決もあれば、単なる飾りに過ぎないものもあります。上で『甲賀忍法帖』的だと書きましたが、もっとわかりやすく言えば「快傑ズバット」と「ダッカーの用心棒」が闘っているような感じ(え? わかりやすくない?)。

この物語の中では、殺し屋たちは影ジェント(えいじぇんと)と呼ばれており、そのシステムは「必殺仕事人」とほぼ同じです。つまり、普段は何らかの職業に携わっていて、時に応じて元締め(影ジェンシー)から殺しを請け負い、武器や殺人方法は本業にちなんだものを使う、ということです。主人公的な位置づけの瀬見塚眠(せみづか・みん)は開業医で、主な武器はメス。このほか、十徳ナイフのような仕掛けの金属バットを使うオカマのアンパイアとか、剪定ばさみが武器の植木屋、傘が武器の気象予報士など、変な殺し屋のオンパレード。ショッカーの戦闘員みたいなダンサーを引き連れた振付師なんてのもいます。

普通の企業に「影業部」があって、「影ジェンシー」に殺しを発注している、というのが、この物語の世界観なのです。影ジェンシーは影ジェントたちに殺しを斡旋。殺しの実行行為は「血算」といい、情報収集や道具の調達など、影業を事前にバックアップする業務が「刑裏」、死体処理など影業の後始末をするのが「掃務」。一つの仕事を複数の影ジェントの間で競ることがあり、これを「入殺」という。入殺はたいてい、影ジェント同士の決闘で決まる、てな具合です。

そんな連中が、ある大きな仕事を巡って殺し合いをするため、物語の進行に連れてどんどん死人は増えていきます。しかし、ミステリとしての根幹ストーリーに関係のあるのは2件だけで、その両方が不可能状況になっているわけです。最初のは新本格的な発想のトリック、あとのはまあ、山風忍法帖みたいな感じ、とだけ言っておきましょうか。いずれも、この世界観でこそ真価を発揮する仕掛けなので、だから「“バカミス”って概念がなかったら、できなかったと思うな」という発言が出てきたのでしょう。

物語は、ベテラン影ジェントの一人である〈青い雷光のアオガエル〉こと戸崎亜雄(とざき・あお)が、不可解な状況で殺されているところから動きだします。現場は、七階建ての古いビル。その壁面には、ヨーロッパの宮殿みたいに、立体的なレリーフが重層的に並んでいます。戸崎の死体は、五階の窓の下に彫りこまれているユニコーンの石像の角に突き刺さって死んでいたのです。上から落下させたとしか考えられないのですが、屋上への出入り口は厳重に施錠されています。窓にはすべて格子がついていて、そこから出ることも不可能。向かいには建築中のビルがありますが、間は20メートルも離れています。といって、クレーンや機械類も使われていませんでした。

戸崎の本職は宮大工で、ノミや玄翁を武器に使う凄腕の殺し屋であり、簡単に殺られるとも考えられず、同業者が殺したことは間違いありません。その戸崎は、大手製薬会社の重役を殺すという、非常に大きな仕事を請け負うことになっていたのでした。戸崎とは浅からぬ因縁のあった〈ジョーカーの笑うオペ〉こと、開業医の瀬見塚は、戸崎の息子、優也に依頼されて、その死の真相を追うことになります。しかし、戸崎の後釜を狙う同業者たちが瀬見塚に刃を向けるようになり、やがて多数の影ジェントを巻き込んで、「東京戦争」と呼ばれるまでに発展していきます。

戸崎の足取りを追ううち、〈死のメッセンジャー〉ことバイク便の鈴淵という影ジェントが、戸崎の死に関わっている疑いが強まっていきますが、彼はその日以来、姿を消していました。そんなある日、瀬見塚の携帯に、廃校になっている中学校で話したいという内容の、鈴淵からのメールが届きます。瀬見塚がその中学校に行ってみると、呼び出されたのは彼だけではありませんでした。

〈屍衣のパッチワーク〉こと古着屋の鎮西、〈処刑台のエコロ爺〉こと植木屋の峰久保、〈痔獄のルールブック〉ことアンパイアの真宮、〈土俵のプルトニウム〉こと元相撲取りでちゃんこ料理屋の牙羅門(がらもん)、〈殺・エンタテイメント!〉こと振付師の那須、〈とむらいの酵母菌〉こと移動パン屋の沙悠美。瀬見塚以外で呼び出されていたのは以上6名でしたが、彼らはみんな、数年前に実行された〈しびれる老酒作戦〉の参加メンバーだったのです。

呼び出しをかけた鈴淵の姿が見えないので、全員で手分けして校内を捜しているとき、突然理科室から大きな音がしたため、全員が集まってきます。しかし、理科室のドアにはカギがかけられており、窓もすべて施錠され、カーテンが閉まっているため、中の様子がわかりません。元力士の牙羅門が、力任せにドアをぶち破ってみると、書籍や資料が詰まった重い本棚がバリケードのように置かれていました。そして、その中には、脇腹に実験用のハサミが突き刺さった、鈴淵の他殺死体が転がっていたのでした……。

奇天烈な決闘シーンが描かれた直後、その闘いの当事者のもとに瀬見塚が聞き込みにやってくるというスタイルは、ダラダラとした展開になりがちな、物語中盤の興味を持続させてくれます。しかし、影ジェントたちは超人的な体術の持ち主ばかりだとはいえ、超能力者ではないので、戦闘パターンが似通ってきてしまうことが避けられず、後半になると興味も薄れてきます。このへんは、山田風太郎だけでなく南條範夫や中里介山あたりを研究するなどして、もっと工夫して欲しかったところです。

ただ、読者サービスというか、エンタテイメントに徹した書き方そのものは充分に楽しめますし、本格作品としても、決闘シーンにまで張り巡らされた伏線の妙や、それを解き明かしていくロジックの構築は、意外としっかりしています。また、犯人の正体に関しては二重三重の仕掛けが施されており、容易には見抜けないでしょう。そこには、スラブスティック本格とは思えないような技術まで駆使してあり、ビックリさせられました。そうか、その意味では、確かに新境地だと言えるかも知れませんね。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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