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help RSS 『道具屋殺人事件』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/10/31 23:52   >>

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子供のころから古典落語が大好きでしたが、残念なことに私は地方出身者。寄席通いをするなんてぇのは、夢のまた夢なのでありました。

ですから、テレビのお笑い番組でやってる落語を観るほかは、ごくたまに近くを訪れる落語家の独演会(コンサート形式のやつ)に行くとか、カセットテープ(今は何でも音源はCDですが、当時は落語の実況録音というとレコードよりカセットが主流だったんです)を買って聴くとか、ラジオの演芸番組を聴くとか、落語家さんの速記本やエッセイ、あるいは文庫で出ていた興津要さんの落語本を読む、といったことで飢えをしのいでいました。

そういうようなわけで、幼き日から私の中でミステリと落語は自然に共存していたのでありまして、やがて登場した“落語ミステリ”にも違和感なく接してきたんですが、一般的には、このジャンルはある程度読み手を選ぶようです。“落語ミステリ”というキャッチが付けられているだけで、いきなり敬遠してしまう方もいるみたいですし。しかし、落語がミステリとどう関わるのか、その方向や度合いは、作家によってマチマチなので、そもそも“落語ミステリ”なんていう言葉でひとくくりにできるほど、単純なものでもない、と私は感じています。

最近のミステリ読者が、落語ミステリと言われて連想するのは、北村薫の円紫師匠シリーズか、大倉崇裕の「季刊落語」シリーズ、田中啓文の梅寿シリーズ、あるいはマニアックなところで辻原登の『円朝芝居噺 夫婦幽霊』などでしょうか。私は都筑道夫のファンですから、落語ミステリというと「なめくじ長屋」シリーズ、それも全編落語ネタの『きまぐれ砂絵』が一番に思い浮かびますが、実はそれよりもさらに印象深いのが、横田順彌の「早乙女ボンド之介」シリーズの一篇、『若手真打ち殺人事件』です。落語の世界でしか通用しない、超絶的な不可能殺人(?)が出てくる作品で、これを収録している短編集『奇想天外殺人事件』(講談社文庫)は品切れ中ですが、もし目にする機会がありましたら、ゲットされることをオススメします。

さて、今回取り上げました愛川晶の『道具屋殺人事件』(原書房)は実に変わった構成のミステリです。『道具屋殺人事件』、『らくだのサゲ』、『勘定板の亀吉』という、それぞれ100ページ前後の中編が3つ収録されていて、いずれも完結したお話ではあるんですが、通して読むと長編仕立てのようにもなっています。タイトルにある「道具屋」「らくだ」「勘定板」は、古典落語の題でもあります。

で、どこが変わっているのかというと、落語そのものを底ネタに使っているわけではなくて、落語的な考え方で謎を創りだし、解いていこうというところです。実は、このスタイルは前述した『若手真打ち殺人事件』と似ているんですが、あちらは現実にはあり得ないハチャハチャミステリであるのに対し、こちらはとても落ち着いた雰囲気で、「日常の謎」系(殺人も一件ありますが)のお話ですので、目指しているところは全く違います。

愛川晶といえば、美少女代理探偵・根津愛シリーズのように、“自信たっぷりの美少女名探偵+密室”という、二階堂黎人と部分的にかぶったような作品が代表的なところで、考えてみればこの『道具屋殺人事件』を出している原書房の「ミステリー・リーグ」の第一弾も、根津愛の登場する『巫女の館の密室』でした。しかし『道具屋殺人事件』は、本格系の作品にはなっているものの、いつものような大仕掛けが炸裂するわけではありません。愛川氏がこんなにも落語好きだったとは知りませんでしたから、この本は非常に唐突に出た印象を受けます。

メインの探偵役は、脳血栓で倒れて隠居している落語家、山桜亭馬春(さんおうてい・ばしゅん)。しかし、物語を動かしていくのは、その弟子・寿笑亭福の助と、その妻である亮子。語り手はこの亮子で、噺家のカミさんになるまでは「落語というのは一体何人でするものかさえ知らなかった」という女性ですから、専門用語や落語のネタに関する、読者への解説役も兼ねることになります。結婚して四年、亮子はこの世界について、まだ知らないことも多く、ほとんどの読者は亮子と同じ目線で事件を見ることになるわけですが、ワトスン役としては非常に上手い設定だと言えるでしょう。

あとがきで作者いわく、「本作はミステリーの愛好家よりも、むしろ落語のコアな愛好家に読んでいただきたいと思いながら、執筆しました。ミステリーファンにとっては、格好の『落語入門書』になっている。そう言えるかもしれません」とあるのですが、この試みが成功しているのかといえば、ちょっと首をかしげたくなるところもあります。安楽椅子探偵たる馬春と、ワトスン役の亮子はともかく、中心となる福の助に魅力が薄いのが痛いんです。芸に対しては生真面目で、研究には余念がなく、玄人受けする落語家というような造型なのですが、私はこの福の助の高座を観てみたいという気には、全くなりませんでした。これは好みの問題かも知れませんが、もっと愛嬌のある人物にしたほうが、作品としての魅力も増しただろうに、と感じるんです。

ではミステリとしてどうなのかというと、謎解きのプロセスが非常に変わっているところ、つまり、「馬春師匠が、福の助と亮子の話を聞いただけでたちまち謎を解いてしまう。しかし脳血栓の後遺症があるため、人前ではしゃべらない馬春師匠は、文字盤を指で指し示して、落語の演目に絡んだヒントを出す。それを福の助夫婦があーでもないこーでもないと解釈する」というスタイルは非常にユニークです。馬春師匠の出すヒントというのは「サイネン」「キンゴロー」「カゼ」といった断片的な言葉だけなので、これを判じるのは面白いと思います。

でも、それはもともとの謎が、ある程度込み入っていてこそだと思うんです。この本で取り扱われる三つの謎は、コアなミステリファンにとってみれば易しすぎるものばかりなので、師匠のヒントがなくても真相が見えてしまいます。まあ逆に、真相の見当をつけてから、それが師匠の断片的なヒントとどう繋がるのかを考えるのも、別な楽しみ方と言えるかも知れませんが(w)。

収録作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『道具屋殺人事件』
渋い芸風で知られる花山亭小喜楽(かざんてい・おきらく)師匠が神田紅梅亭の楽屋で倒れ、救急車で病院に運ばれるという騒ぎ。診断の結果、病名は馬春師匠と同じ脳血栓で、意識不明。その翌週、高座で「道具屋」を演じていた前座の噺が佳境に入ったその時、抜けるはずのない扇子の骨が抜け、刃渡り10センチほどのナイフが現れます。つまり、仕込み杖ならぬ仕込み扇子だったわけです。しかもその刃には、赤黒い血糊がべったりと付着していたのでした。

前座はその日、扇子を持ってくるのを忘れ、たまたま楽屋にあったそれを、まにあわせに持って高座に上がったのでした。やがて仕込み扇子は、先週倒れた小喜楽がわざわざあつらえたものだったことが判明。警察の調べで、神奈川で起きていた殺人事件の被害者と、血液型や傷口が一致することがわかります。そして殺されていたのは、小喜楽の二度目の奥さんを寝取った男だったのでした……。レギュラー陣の紹介にかなりのページが割かれているため、中編といっても内容的には短編に近い規模のもの。事件そのものは落語界内部で起きたことではないので、すんなり話に入っていけるでしょう。

『らくだのサゲ』
月に一度開かれる落語の勉強会の席で、古典落語に新しいサゲ(オチ)をつけて演じようということになっていました。福の助を目の敵にする先輩の陰謀で、彼には「らくだ」が割り当てられます。「らくだ」は古典の中でも名作なのですが、そのオチはわかりにくく、過去に演じた名人たちをもってしても、オチの部分だけは進歩していないのです。そんなある日、亮子はホストあがりの落語家、桃屋福神漬(ももや・ふくじんづけ)の身辺を探っている私立探偵に出会います。

福神漬には、現在のタレ(愛人)の前に付き合っていた女性がおり、彼女は多額の借金を残したまま行方不明になっていました。探偵は、殺人の疑いがあると話す彼女の兄から、調査依頼を受けていたのです。福神漬はこの数年間に何度も勝手に改名しており、その動機が犯罪の隠蔽のためではないか、というのですが……。これは伏線が露骨で、極めて簡単なミステリ。私は「胸のあたりは完全に平坦で、気の毒なほどだった」というくだりでピンと来てしまいました。サゲの工夫のほうから発想したものと思われ、解決部分は確かにスッキリしています。

『勘定板の亀吉』
どうしても笑いをとりたいと、スカトロ系の噺ばかりやっている万年亭亀吉(まんねんてい・かめきち)は、福の助の後輩でした。スカトロ噺のあとでは、高座に上がる者がやりづらくなるからと、素人ながらに意見をした亮子でしたが、亀吉に論理的に反論されて落ち込みます。そんなある日、亮子は自分が勤めている高校の国語教師・倉本先生から、奇妙な相談を受けます。神田紅梅亭の、三ヶ月前のネタ帳のコピーが欲しい、と倉本は言うのです。

ネタ帳とは、どの落語家が何を演じたかを記録した帳面のこと。脳血栓で倒れる直前の、花山亭小喜楽の高座を観に来ていた倉本は、その際に演じられた「壺算(つぼざん)」という落語がもとで、自分に詐欺の容疑がかけられているため、それが演じられた正確な日付が知りたいというのでした。しかし、ネタ帳を調べても小喜楽が「壺算」を演じた記録はなく、誰に訊いても、小喜楽の持ちネタに「壺算」はない、というのでした……。解決部分の切れ味は、これが一番優れています。しかし、いくら「壺算」が上方ネタ(かみがたネタ。関西発祥の噺のこと)だとはいえ、落語通である倉本(急に髪の毛が増えたため、ヅラモトと呼ばれている)が、この真相に気付かないというのは、いかにも不自然です。
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巻末の解説で、落語家の鈴々舎わか馬(れいれいしゃ・わかば)は、落語をどう演じるか、という部分が実は一番面白いのだが、そこを掘り下げた本作品のようなミステリは、これまでに例がない、という意味のことを書いています。これはまことにその通りで、本格ミステリとしては難易度が低いものの、噺と話が綺麗に溶け合ったストーリーテリングはお見事というほかありません。しかしそれだけに、福の助の人物造型をもうちょっと練り上げてから書き始めたら良かったのに、という思いもぬぐえないのです。

この作品は、コアな落語ファン向けとしてだけでなく、最近になって落語に興味を持ち始めたとか、あるいは落語に全然興味がない、という人にも安心してオススメできる内容です。が、ミステリを読もうとして構えてしまうと、何が何やらわからない、ということになってしまうかもしれません。謎を解こうと考えたりせず、いっそ作者の語り口に乗って、話の流れに身を任せてしまったほうが、ずっと楽しめるのではないか、と思います。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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