貼雑帖(はりまぜちょう)

アクセスカウンタ

zoom RSS 『風間光枝探偵日記』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/11/10 23:58   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

これは資料的価値だけでなく面白さの面でも、「論創ミステリ叢書」中で特筆すべき一冊と言えるでしょう。特に、海野ファンには絶対オススメ。

全体は3コーナーにわけられており、半分強を占めているのが表題にもなっている「風間光枝探偵日記」、残りが海野十三の「科学捕物帳」と「蜂矢風子探偵簿」になっています。「風間光枝探偵日記」は木々高太郎・海野十三・大下宇陀児による連作で、3作家がこのローテーションを3回繰り返して全9篇。「科学捕物帳」は全4篇、「蜂矢風子探偵簿」は全3篇ですので、収録作品計16篇のうち10篇が海野の作品ということになります。書かれた順に配列されており、「風間光枝探偵日記」は1939〜40年、「科学捕物帳」は1941年、「蜂矢風子探偵簿」のみ戦後の作で、1946〜47年に書かれています。

こんな時代に、若い女性を探偵役にした連作を、日本におけるバカミス……いや、SFの父である海野十三(うんの・じゅうぞう、または、じゅうざ)はともかく、木々高太郎(きぎ・たかたろう)のような探偵小説芸術論者や、元祖社会派みたいな大下宇陀児(おおした・うだる)が参加して書いた、というのがまず驚きでした。まあ大下の場合、初期には『蛭川博士』とか『宙に浮く首』といった、乱歩でいうところの『人間豹』や『恐怖王』あたりに近い路線の作品も書いているわけですが、いかにもお堅そうな木々が、あとの2人とどんないきさつで連作を始めたのか、ちょっと興味が湧くところです。

連作の口火を切ったのが木々だということもあって、全体が硬派な作りになっているのでは、と危惧していましたが、3人の作家はそれぞれ自分の持ち味を出してきているので、統一したトーンにはなっていません。海野なんか、自分の担当回には持ち駒である名探偵・帆村荘六(ほむら・そうろく。シャーロック・ホームズをもじったネーミングです)を登場させていて、好き放題やっている感じ。海野ファンの私にとっては嬉しいかぎりですが、肝心の風間光枝の影が薄くなりがちです。でも、このキャラ自体は海野も気に入ったのでしょう。「科学捕物帳」では風間三千子という、ほとんど同じような名前の女性探偵を主人公にしています。

風間光枝は星野私立探偵社に所属する若い探偵で、年齢は何と20才。なかなか美しい女性らしく、最初の『離魂の妻』事件のときなど、ある登場人物にたちまち惚れられてしまいますし、帆村荘六からは「ときに貴女は、なかなかいい身体をしていますね。うまそうな女というのは貴女のことだ」なんて言われたりします。連作を掲載していた「大洋」という雑誌の「愛読者通信」欄には、「われらのホープ風間光枝さんの颯爽たる探偵ぶり。毎月第一にとびついて読んでいる。こんな恋人があったらな、とさえ思うほどだ」などというファンレターが載っていて、“萌え”の元祖みたいな存在だったことがうかがわれます。

個人的に興味深かったのが、『什器破壊業事件』の中で、帆村が光枝に言うセリフ。小間使いに化けさせて、ある屋敷に潜入させるにあたって、「そこで、向こうへ行って貴女のする仕事だが、もちろん小間使いなんだから、インテリくさい顔をしてはいけない。ほら、いまどき銀座通を歩けば、すぐぶつかるような時局柄をわきまえない安い西洋菓子のような若い女! あの人たちの表情を見習うんですな。いや、これは女性の前で、ちと失言をしたようだ」……って、まるで現代の「スイーツ脳」を予見したような感じがしませんか?(w)。

「科学捕物帳」と「蜂矢風子探偵簿」では、女探偵はそれぞれ自分で個人事務所を構えているなど、造型は若干異なります。が、たとえば『恐怖の廊下事件』では、のちに探偵役が風間三千子から風間光枝に変更されたうえで短編集に収録されたりしており、本質的には大した違いはありません。ただし「科学捕物帳」では、すべてに帆村荘六が登場し、風間三千子はほとんど、その引き立て役のような存在に成り下がっています。また、最後の『探偵西へ飛ぶ!』は軍事スパイもので、やや悲劇的な幕引きになっています。「蜂矢風子探偵簿」には帆村は登場せず、扱う事件も恋愛がらみのものばかりですが、最後の「幽霊妻」事件はマッド・サイエンティストじみた人物が登場し、海野らしさをうかがわせています。

「風間光枝探偵日記」収録作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『離魂の妻』(木々高太郎)
避暑のために滞在しているホテルに、馬の遠乗りから帰ってきた検事・六条子爵。去年亡くなったはずの義母が、部屋を訪ねてきていると聞かされて驚いていると、そこに、病気のため三年以上も療養中の妻もやってきて、さらに驚かされます。会ってみて、妻だと名乗る女は別人であることに気付いた六条子爵でしたが……。

『什器破壊業事件(ものをこわすのがしょうばいじけん)』(海野十三)
星野探偵社の指令で、帆村探偵の助手をつとめることになった風間光枝。彼女の役目は、ある屋敷に小間使いとして潜り込み、コーヒー茶碗や花瓶、灰皿といったものを、手が滑ったようなふりをしてじゃんじゃん壊せ、という奇妙なもの。それは本棚の上にある青磁色の大花瓶を壊すという目的を隠すためらしいのですが……。

『危女保護同盟』(大下宇陀児)
光枝の女学生時代の同級生・山辺弓子は、あまりに美しく、男性の目を異常なほど惹きつけるため、本人には何の責任もないトラブルがしばしば起きていました。かつては光枝をリーダー格に「危女保護同盟」が結成され、トラブルから弓子を守っていました。その彼女が妻子ある男と駆け落ちしたと聞かされた光枝は……。

『赤はぎ指紋の秘密』(木々高太郎)
光枝の自宅に、幼い三姉妹の声で電話があり、「お父さんが、殺されているのです」と訴えます。光枝は警察に急報したあと駆けつけ、客間のソファに倒れている死体を確認します。一見したところ外傷はなく、毒物死のようでしたが、驚いたことに手指の先端の皮膚が、死後にハサミで丁寧にはぎ取られていたのでした……。

『盗聴犬』(海野十三)
前の事件で科学探偵・帆村に感化された光枝は、自分でも新兵器を使い始めます。その名はテル。盗聴マイクを付けた小さな犬で、普段は光枝のボストンバッグに隠れているのです。ある日、街で帆村が女性と話し込んでいるのを見かけた光枝は、テルを使ってこっそり2人の会話を聞き、ある事件のことを知るのですが……。

『慎重令嬢』(大下宇陀児)
光枝のところにやってきた若い女性・範子の依頼は、見合いした相手の素行を調べて欲しいというもの。範子は石橋を叩いても渡らないような慎重な性格で、光枝が事細かに調査した結果を知らせても、今度はその調査の根拠を教えてくれと尋ねてくる始末。あまりの慎重ぶりに焦れてしまった光枝は、一計を案じて……。

『金冠文字』(木々高太郎)
田嶋という青年歯科医の依頼は、変わった内容でした。先日、奥歯の治療に来た老人の金冠を外してみると、その内側に「青山たみ子様の下顎」と刻印されていたため、不思議に思った彼は老人に尋ねたのですが、その名には全く心当たりがないというのです。好奇心に駆られた歯科医は、光枝に調査を依頼したのですが……。

『痣のある女』(海野十三)
雨上がりの銀座を通りかかった光枝は、そこに放心状態で座り込んでいる老婦人を連れ帰り、事情を聞きます。彼女は20年近く前、ある家に後妻に入ったのですが、当時5才だった先妻の娘が、7才の時に失踪。最近になって突然、自分がその娘だと名乗る若い女が現れ、それが本物なのかどうか、不審だというのでした……。

『虹と薔薇』(大下宇陀児)
星野探偵社の指示で、実業家・猪瀬氏の邸宅を訪ねた光枝。そこは薔薇の温室やプールなどを備えた大豪邸で、猪瀬氏と盲目の妻・孝子夫人が住んでいました。夫妻から聞かされた事件は奇妙なもので、夫人が若かったころ、その姿を写して作られた蝋人形が、温室の中で胸に短刀を刺され、首を絞められていたのでした……。

「科学捕物帳」収録作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『鬼仏洞事件』
舞台は中国。特務機関からの命令で、揚子江岸の某地にある鬼仏洞という名の、奇妙な仏像陳列館の秘密を探るため、女探偵・風間三千子は現地に向かいます。しかし、鬼仏洞に潜入した三千子の目の前で、誰も近づいていないのに、ある男の首がスッパリと切り落とされるという、奇怪な事件が勃発するのでした……。

『人間天狗事件』
四国の旧家である庄中家の息子・蛭雄は、十五年前、天狗にさらわれたような状況で失踪したままだったのですが、それが突然、庄中家の門前に、まさに天狗のような異様な風体で現れたのでした。彼が本物かどうかを調べてくれと依頼された三千子は、依頼人の差し出した大金につられて引き受けたのですが……。

『恐怖の廊下事件』
中国に貿易会社と百貨店を構えている実業家、桐谷郷右衛門氏からの依頼は、猛威をふるう秘密結社、「白夜鬼社」を名乗る者から脅迫状が届き、それを無視していると、倉庫から商品が煙のように消え失せたというもの。桐谷氏の身辺にも危険が迫っていると知った三千子は、帆村荘六に協力を求めますが……。

『探偵西へ飛ぶ!』
これは軍事スパイ小説です。蒋介石が英米の支援を受けて、爆弾の威力が届かない地下街を作り、官庁はもちろんのこと、発電所や飛行機の格納庫に至るまで、すっかり地中に隠してしまうという秘密計画を立てていました。それを探るという特別任務に志願した、帆村と三千子の、敵地でのスパイ活動が描かれます。

「蜂矢風子探偵簿」収録作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『沈香事件』
蜂矢風子が探偵事務所の看板を掲げて最初の事件。盲目の女性・秋子からの依頼は、彼女の夫が自分の姪・ユカリと不倫をしているのではないか、という疑いを確認して欲しいというものでした。秋子はいつも、沈香を焚きしめたハンカチを夫に渡していたのですが、それを夫がなくしたことに不審を感じたのでした……。

『妻の艶書』
事務所を訪れた若い紳士、木名瀬氏は、自宅でふと見つけた手紙が、自分の妻宛ての熱烈なラヴレターであることを知り、妻と、高知県に住んでいるという相手の男の関係を確かめて欲しいと依頼します。高知を訪れた風子は、苦心して夫人から男へ宛てた手紙を手に入れ、不倫は間違いないように思われたのですが……

『幽霊妻』
憔悴しきった若い男、保狩氏からの依頼は、極めて奇怪なものでした。心臓病で亡くなり、その臨終まで付き添って、葬式もした妻・チトセが実は生きていて、見知らぬ男と歩いているのを見たと言うのです。何度かすれ違うことによって、間違いなくその女が妻であることを確認したと、保狩氏は主張するのですが……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さすがに物語自体には、古さを感じさせるところもありますが、そのことがむしろ面白さを醸し出している作品もあり、全編を興味深く読むことができました。木々の担当分など、最初はかなり硬いのですが、だんだん海野のハチャメチャぶりに影響されていっているようにも感じられます。『赤はぎ指紋の秘密』や『金冠文字』は、結末の意外性が現代にも通じる出来映えです。海野担当分では、帆村と光枝の微妙な関係が面白く、特に『痣のある女』では2人が夫婦を装って温泉宿に潜入するシーンなどもあって、光枝の心理描写が非常に面白く感じられました。大下担当分では、小さなきっかけが意外な展開を見せるというパターンが続きますが、『慎重令嬢』と『薔薇と虹』の2篇はアガサ・クリスティのパーカー・パインものを連想させる物語になっています。

『鬼仏洞事件』と『恐怖の廊下事件』は、珍妙無類な物理トリックがみもの。どちらも、有名な『点眼器殺人事件』と同じく、今となってはギャグのようにも感じられますが、バカミスの元祖と考えればこれも一興でしょう。私は『鬼仏洞事件』のトリックがかなり気に入ってしまいました。もう少しどうにかいじれば、現代のバカミスにも使えるトリックなのではないかと思います。蜂矢風子ものは、これらに比べるとかなり地味ですが、『妻の艶書』では現代でも応用できるシチュエーションが扱われています。また、大阪圭吉の作と同題名の『幽霊妻』は、同じバカミス系でありながら、大阪作品とは全く違う内容になっていて、これはこれで楽しめました。海野ファンはもちろんですが、木々・大下両氏の作品も面白いので、古典ミステリがお好きな方にも、またバカミスファンにも、充分楽しめる一冊になっていると思います。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『風間光枝探偵日記』 を読んで。 貼雑帖(はりまぜちょう)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる