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help RSS 『踊り子殺人事件』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/11/02 23:55   >>

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《絶版・品切れミステリコレクション》…その第16回として、とある有名作家の別ペンネーム、嵯峨島昭の『踊り子殺人事件』を取り上げます。

嵯峨島昭はサガシマ・アキラと読み、作品中に登場する警部・酒島章はサカジマ・アキラと読むのですが、これはいずれも「さがしましょう」、つまり覆面作家である嵯峨島昭の正体は誰なのか探してみろよ、というシャレになっています。現在では、その正体が宇能鴻一郎(うの・こういちろう)であることは知れ渡っていますし、嵯峨島昭の名での出版は1993年の『「活けじめ美女」殺人事件』(光文社文庫・品切れ)を最後にストップしており、14冊ある単行本もすべて絶版または品切れになっています。

さて、とある有名作家と書いたものの、今の若い世代が宇能鴻一郎という名前をどれだけ知っているのか、考えてみると心もとない気がします。特撮怪獣映画のファンなら、平成ガメラシリーズを撮った金子修介監督が、日活ロマンポルノの監督出身であるということを、あるいはご存じかも知れません。彼の監督デビュー作が、テニス漫画「エースをねらえ!」をパロディにした「濡れて打つ」というピンク映画(古い表現ですが)で、今でもたまに、CS放送の深夜枠で放送していたりすることがあります。そして、その原作者が宇能鴻一郎。つまり彼は、官能小説作家として有名なのです。

彼のスタートは『鯨神(くじらがみ)』という小説での芥川賞受賞。これは、明治初期の漁村を舞台に、子どもを人間に殺された巨大なクジラと、祖父・父・兄を奪われた若い漁師の壮絶な闘い、そして彼らの死生観を描いたシリアスな物語です。官能的なシーンは数行程度しかありませんが、当時の芥川賞選考委員のコメントを見ると、のちの転向を予見したようなことが書かれていてビックリします。しかしご本人は今でも、『鯨神』のときから本質は何も変わっておらず、官能に満ちた合一を追及した作品を書き続けている、などと話しています。

宇能氏と言えば、「あたし、それを見ているうちに、ジュンってなっちゃったんです」のような独特のモノローグ文体がよく知られていますが、嵯峨島昭としての処女作『踊り子殺人事件』を読んでみると、確かにこれは『鯨神』のほうの延長線上にある作品だなあ、という気がします。ドサ回りの女芸人の世界を舞台にしたミステリなので、セックスに関わる描写は何度も出てきます。しかし、エロティックな印象はほとんどなく、むしろ当時の主流だった社会派ミステリを読んでいるような感じなのです。

ところが、どうもこの本をちゃんと読まずに「バカミス」の仲間入りさせてしまっている人がいるようで、『このミステリーがすごい!』の2000年版では「ストリップの世界で起きた殺人事件のおハナシ。真相のHさは保証つきです。自信をもってお薦めする本格ミステリーお下劣編」(架空の企画「世界バカミス全集」第13巻の内容紹介文より)などとしてあります。編者は霞流一、小山正、杉江松恋、四谷中葉となっているので、この4人のうちの誰かがこんなふうに思っている、ということなんでしょう。

私はバカミスが大好きな人間です。しかし、あえて言いますが『踊り子殺人事件』はバカミスではない、と思います。それどころか、ある種の悲哀や切なさのある物語だし、使われているトリックは非常に特殊なものですが(最初期のゴルゴ13に、これとよく似たトリックが使われています)別にHでもお下劣でもなく、動機や真相もそれなりに納得できるものです。探偵役の酒島章警部(この本のラストで警視に昇進)の行動が変なところはバカミス的かも知れませんが、それは作者が無理に個性を付与しようとしたために、物語から浮いてしまっているせいでしょう。

この作品を、官能小説家が自分の領域でミステリを書こうとした作品、というふうに捉えることが、そもそも間違いなのです。そういう意味なら、佐野洋も賞賛している川上宗薫の『狙われた女』とか『六人目の女』(ともに光文社・絶版)のほうが、ずっとピッタリ当てはまるんじゃないでしょうか。宇能鴻一郎が、一連の作品を官能小説として書いたのではない、とは私も思いませんが、少なくとも嵯峨島昭は官能ミステリを書こうとして『踊り子殺人事件』を書いたのではないと考えています。

物語は、「発端」として、ある少女歌劇団(最初はそう書いてあるんですが、あとのほうのページで、これは宝塚のことだとハッキリ書かれています。クレームは出なかったんでしょうか)の東京公演の最中、舞台の上で1人の団員が、絡まったワイヤに胴体をまっぷたつにされて亡くなるという、凄惨なシーンで幕を開けます。プロローグはそれで終わり、舞台はガラリと変わって鳥取市の繁華街。この小説の主人公、久里村が登場します。彼は、別荘地を地方の小金持ちに売るセールスマン。ここのところ成果が出せず、妻との仲も冷えきっていて、仕事も家庭も放り出したいという願望を持っていますが、幼い子どもがいるため、かろうじて踏みとどまっています。

彼が気分直しに入ったストリップ小屋で舞台を見ていると、背後から女性の声がします。振り返ってみると、そこには場違いな、気品のある美女が2人がいたのでした。彼女たちはやがて立ち去りますが、久里村はそんな美女を見たあとでは、美しくもない女の裸など見る気がしなくなり、小屋を出ます。翌朝、大阪への列車に乗るため鳥取駅に行くと、そこには昨夜の2人がおり、京都へ行くための切符をなくしてしまって困っているという会話を耳にします。久里村は金を貸してやり、2人と名刺を交換します。

名刺には「女と女の愛の夢 レズビアン・シスターズ 白川緋沙子 鳳芙蓉」と書いてあり、久里村はあっけにとられてしまいますが、彼女たちにはそれらしい淫靡な印象はなく、どう見ても、気軽な旅に出た良家の令嬢たちにしか見えないのです。彼女たちに、京都まで付き合わないかと誘われた久里村は、ここで別れてしまうのが惜しくなり、予定を変更して荷物係を引き受けてしまいます。2人は木挽町のクラブ“極楽鳥”でショウをする予定になっており、久里村はまるでマネージャーになってしまったように、クラブの事務所へと行くのでした。

久里村はそこで、数メートルもあるニシキヘビを操る、蛇遣い女のモルガンお力(りき)と出会います。お力は緋沙子たちと知り合いで、彼女らの話では以前、女子プロレスにいたとのことでした。そんな楽屋の雰囲気に幻惑されそうになってきた久里村は、舞台裏をフラフラと歩き回るうち、パンティ一枚の女から声をかけられ、金粉入りの油を背中に塗ってくれと頼まれます。女は金粉ヌードを売り物にしているダンサーでした。金粉を塗っているうちに妖しげなムードになり、久里村は彼女を抱いてしまいます。コトが終わったあと、彼の下腹部にはべっとり金粉がついていました。

やがてショウタイムが始まり、久里村は舞台のそばから見物します。その場所から移動しようとしたとき、緋沙子によく似た顔をしたワイシャツ姿の男とぶつかりそうになった久里村が、緋沙子たちの控え室に戻ってその話をすると、2人は急に、激しく怯えた様子を見せます。今夜、旅館で同じ部屋に寝て欲しいと頼まれた久里村は、それを承知します。しかし、彼女たちを待ってクラブで飲んでいるとき、店内がざわめき始め、金粉ショウの女が殺され、警察が来ているのだと知って、久里村は驚愕するのでした……。

このあと、実は宝塚出身だったという緋沙子と、そのファンだった芙蓉、宝塚時代の先輩で男役だったモルガンお力らとともに、久里村は否応なく事件に巻き込まれ、ヤクザやクラブ芸人たちと関わりながら、生き方に迷う姿が描かれていきます。警察側からの描写はそれほど多くなく、誰かが謎を解くというよりも、物語の進行とともに謎がほぐれていくスタイルではあるのですが、ストーリーの起伏もかなりあって、ミステリとしてもちゃんと楽しめる出来にはなっています。

酒島警視は、ほとんどの作品にレギュラーとして登場しますが、その性格は少しずつ変わっています。作者がミステリの書き方を手の内に入れていくに連れて、不自然さが解消されていくからでしょう。あとの作品では、彼と反目する現場たたき上げの刑事、平束八兵衛(実在の名刑事・平塚八兵衛さんのもじりですね)が登場したり、グルメっぷりが強調されたりして、だんだん2時間ドラマ的な感じになっていくため、この『踊り子殺人事件』が最も本格的なミステリであるような気もします。確かに異色の背景ではありますが、ミステリとしての骨格は意外なほどしっかりした作品なのです。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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