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help RSS 『蜃気楼島の情熱』 を失敗作だと考えるワケ(その1)

<<   作成日時 : 2007/12/01 23:54   >>

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『北村薫のミステリびっくり箱』についての記事で、横溝正史の『蜃気楼島の情熱』を失敗作だと書いたら、2人の方からツッコミが入りました。

ということで今回は、『蜃気楼島の情熱』のプロットについて細かく述べ、どこらへんが失敗していると私が考えているのかをご説明してみたいと思います。ミステリ作品に、作者の勘違いなどによる小さな欠陥が存在することは珍しくはなく、単行本で出版されたり雑誌に連載されたりしたあとに文庫化されるような場合、作者による加筆訂正が行われることもよくあります。しかし、『蜃気楼島の情熱』の場合、ほとんど自明じゃないかと思うくらい破綻していていて、加筆などで追いつくようなレヴェルではないと思うので、私はこれを失敗作だと書いたわけです。

説明のため、『蜃気楼島の情熱』について真犯人を含めたネタバラしをやってしまいますので、この作品を未読で、かつ予見なく読みたいと思っている方は、読了後に本稿をお読みください。ただ、この作品は上記のように破綻してしまっていますし、読者と金田一耕助が推理力を競えるような条件も整っていないですから、真相を事前に知っていたところで、あまり問題はないと思います。むしろ、本稿を読んでから実作品を読んだほうが、私の言いたいことが良くわかっていただけるかもしれません。それでも、真相だけは明かして欲しくないという方のために、【これより先、危険】という見出しも挿入しておくことにします。

この作品を収録している『びっくり箱殺人事件』(角川文庫)は現在絶版中なので、お読みになりたい方は古書店などで入手するか、電子出版を利用するしかありません。しかし先日の新聞報道で、横溝正史の未発表短篇『霧の夜の出来事』や、これまで所在の知られていなかったシナリオ類などが昨年6月に東京・成城の旧横溝邸から発見され、その遺品展が二松学舎大学で開かれるとありました。もしかすると、『喘ぎ泣く死美人』(角川文庫)のときのように、既存の本にこの『霧の夜の出来事』が追加収録されて復刊、という可能性も充分ありますから、そういうのを気長に待ってみるのも、ひとつの手ですね。

『蜃気楼島の情熱』は昭和29年(1954年)の作品で、初出は雑誌「オール讀物」ですから、東野圭吾のガリレオシリーズの遠い先輩ということになります。この時期の横溝は、『悪魔が来たりて笛を吹く』の連載を終え、『幽霊男』を連載し始めていて、『獄門島』や『八つ墓村』のころとは明らかに作風が変わっています。この少し前、島田一男が横溝にインタヴューした記事が残っているのですが、今後も本格一本槍で進むつもりかと訊かれた横溝は、「本格とか何とかは別問題にして、もう一度サラッとしたものを書きたい」と答えているのが注目されるところです。これに続いて書かれた『吸血蛾』とか『悪魔の寵児』が「サラッとしたもの」とはとても思えませんけども(w)。おそらく、横溝が言ってるのは由利先生シリーズのようなタッチのことなんじゃないか、という気がします。

単行本に収録されるにあたって、横溝は『蜃気楼島の情熱』に加筆を行っており、角川文庫版で読めるのはこの改訂版です。私はオリジナルを読んではいませんから、どの程度の加筆がなされたのかわかりませんが、短篇にしては長すぎる分量なのは、そのせいなのかもしれません。もしかすると、この着想で長篇を書くつもりだったのに、それを短篇に詰め込むことになったため、書き込み不足となり、結果としてプロットが破綻してしまった可能性はあると思います。

まず、登場人物の一覧を掲げておきますが、その前に、大ざっぱな状況設定を書きますと、舞台は岡山県の、瀬戸内海に面した田舎町と、そこから一里(約4km)ほど離れたところにある小さな島です。ただしこの島は、本土から完全に孤立しているわけではなく、狭い桟道のようなものでつながっています。島には、アメリカ帰りの金持ちが建てた、竜宮城と呼ばれるヘンテコな大豪邸があります。金田一耕助は、『本陣殺人事件』に出てくるパトロンの久保銀造に誘われて、休養のためにこの町の旅館に泊まっています。久保銀三は、竜宮城の持ち主とアメリカ時代から旧知の間柄です。

登場人物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈竜宮城の住人〉
志賀泰三    竜宮城を建てた人物。アメリカで成功した大金持ち。
          彼の最初の妻イヴォンヌは、アメリカ時代に殺されている。
志賀静子    泰三の妻。孤児であり、村松医院で看護婦をしていたところを泰三に見そめられ、一年半前に結婚。
          現在妊娠中で体調が悪く、寝たり起きたりの状態。

お秋さん    志賀家の女中頭らしき老女。なお、竜宮城には彼女のほか、大勢の奉公人がいる。
佐川春雄    本土と島を行き来するためのランチ(連絡艇)を運転する少年。志賀家の書生らしい。
樋上四郎    泰三の友人。泰三の前妻イヴォンヌを殺したと自首して有罪になり、20年の刑期を終えて帰国。
          なぜか竜宮城に同居している。

〈村松家の人々〉
村松 恒    村松病院の院長。志賀泰三の遠縁(またいとこ)にあたる。
村松安子    恒の妻。

村松 徹    恒の長男。
村松 滋    徹の弟。事件発生の三ヶ月ほど前に喀血して倒れ、二日前に病死している。右目が義眼。
村松田鶴子  滋の妹。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

登場人物は以上と、金田一耕助、久保銀造、そして岡山県の事件ではおなじみの磯川警部です。金田一は、銀造の紹介で志賀泰三と知り合い、竜宮城を訪問することになりますが、その志賀は、亡くなった滋の通夜のため、村松家に行かなければならないと話し、通夜が終わる夜12時ごろに、宿まで迎えに来ると約束します。ところが、12時少し前に村松家の女中が宿を訪れ、泰三が酔っぱらってしまったので、ランチの船着き場までおいでくださいと告げたので、金田一と銀造が行ってみると、泰三はぐでんぐでんになっていました。

そこには村松家の徹がおり、狂乱する泰三に「滋のことは許してください」などと謝っていました。どうやら、通夜の席で村松院長が泰三に何かを話し、それが原因で酒を過ごしてしまったらしく、ランチに乗船してからも「駄々っ子のように両脚をバタバタさせながら、なにやらわけのわからぬことをくどくどいっていたが、急にしくしく泣き出した」というありさま。結局、ランチは徹が操縦して、金田一や銀造とともに島に渡ります。

嵐が近づいてきており、ランチが島に着いたころには、本格的になっていました。そのため、徹は島で一泊することになります。一行を迎えに出てきたお秋さんによると、泰三の妻・静子は「今夜は特別に気分が悪いとおっしゃって、宵から寝所にお入りになりました」とのことで、泰三が帰ったら、別の部屋で寝て欲しいと伝言されます。しかし明け方近く、金田一がただならぬ気配で目覚め、静子の寝室に行ってみると、彼女は腰巻きひとつの裸体で殺されており、人々の集まる中で泰三が号泣していました。そして、静子の枕もとには、ガラス製の義眼がころがっていたのでした……。

長くなってしまったので、これから先は項を改めます。続きはコチラ

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