貼雑帖(はりまぜちょう)

アクセスカウンタ

zoom RSS 『サクリファイス』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/12/18 23:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

卑怯だよなあ、こんなに巧いの。読んでいて、アラン・シリトーの『長距離走者の孤独』をちょっと思い出しました。あちらは非ミステリですけど。

紀伊國屋書店の全社員を対象に実施されたアンケート結果による、「キノベス2007」の第1位になったのが、この『サクリファイス』(新潮社)。30位までが公表されていますが、他のミステリ系作品でランクインしているのは、第17位に入った米澤穂信の『インシテミル』(文藝春秋)だけですから、この第1位は快挙と言えるでしょうね。ミステリ味はやや薄いものの、ちゃんと結末のヒネリもあり、伏線もしっかり張られていて、ミステリ読みの鑑賞に堪えるだけの構成感もあります。『このミス』第7位、『ミス読み』と「週刊文春」で第5位というランキングの高さもうなずけます。

厚みがさほどない上に、詩集に毛が生えたぐらいの文字量なので、あっという間に読み終わってしまいます。この軽さが、『首無の如き祟るもの』、『女王国の城』、『密室キングダム』、『収穫祭』、『警官の血』、『楽園』……と、大作が目立った今年の国内ミステリの中で、有利に働いたことも否めない気はします。上記の大作群と『サクリファイス』の読者層って、あまり重ならないでしょうし。同じ土俵でランキングを競うことには、少し無理を感じます。読み始めて、すぐに引き込まれている自分に気付いても、「ああ、このペースならすぐ読み終わっちゃうな」と思えますから、積ん読になりにくい本なんです。

ミステリとしての着想を活かすためだけであれば、この中心アイデアは短篇の分量で書けるもの。なのに長篇になっているのは、『サクリファイス』がスポーツ小説であり、作者・近藤史恵が書きたかったのも、たぶんそれだからでしょう。青春小説としての側面もありますが、ヒロイン的な存在である女性についての描写は少ないので、その面はかなり抑えてあるような気がします。冒頭に書いたように、私は『長距離走者の孤独』(新潮文庫)を連想したんですが、それはこの両作品の主人公の心情が、ほとんど反対方向を向いているようなものであるにも関わらず、どこか似ているように感じたからです(エラソーな言い方をするなら、哲学的な意味で)。

それはともかく、作者本人のブログ「むくいぬ屋仮宅 コンドウの地味な日常」を見ると、近藤さんがこの自転車ロードレースというスポーツの世界に、相当ハマッてることが良くわかります。たとえば、10年も前のレースのDVDを買い込んで「ヴィランクもツァベルもチポ様も若い。このころは、ヘルメット着用が義務づけられてないので、選手の区別が付きやすいのですが、落車シーンが怖いです」なんて書いてらっしゃる。去年(2006)、世界最大の自転車レースと呼ばれるツール・ド・フランスで、ドーピング・スキャンダルが起きたときのエントリーなんて、こんな感じです。

引用開始・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
バッソもウルリッヒも出場停止ですって!?
なんじゃそらー! TDFに向けて、盛り上がった気持ちをいったいどこにやれば……。

正直、ジロでのあのバッソの勝ち方はなんか釈然としないものを感じたので、バッソに関してはざまーみろという気持ちは少しある(だって、わたしはシモーニファン)のですけど、こんな後味の悪いのは嫌だ。ツールでこてんぱんにされるところを見て、満足したかった。ウルの勝つところみたかったよ。というか、じゃあ、ジロで本当に強かったのはシモーニってことじゃん! 

本当にどうなっちゃうんだろう……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用終了

TDFなんて書かれちゃうと、地球防衛軍かと思っちゃう人も出そうですが(w)、これはもちろん上記ツール・ド・フランスのこと。ジロというのはジロ・デ・イタリアのことで、スペインを一周するブエルタ・ア・エスパーニャとあわせて、3大ツールとかグランツールと呼ばれるビッグレースです。これを読むと、もうなんか、そこらへんのロードレースファンのお姉ちゃんと同じようなミーハーっぷりで、非常に親しみがわいてきます。この取っつきやすさも、近藤さんの人気の秘密かもしれませんね。

しかし、『サクリファイス』の物語はけっこうシリアス。のっけから、誰かがレース中に大事故を起こして、路上に血を流しているシーンが描かれます。これは、物語全体のカギとなる事件の一場面を切り取ったもので、仕掛けの一翼も担っています。でも、ページを開いて本編が始まってしまうと、もうそんなシーンはすぐに頭の片隅に追いやられてしまうほど、テンポよくストーリーが展開していきます。

主人公は、18歳まで中長距離の陸上選手として活躍し、オリンピックも狙えると言われていた男、白石誓(しらいし・ちか)。しかし彼は、周囲から期待されることを重圧と感じ、目立つことも苦手。中学時代から交際を始め、早々と肉体関係までに進んでしまった初野香乃(はつの・かの)という恋人がいて、彼女の「わたしのために勝って」という言葉だけをよりどころに走り続けていましたが、ある大会で優秀した翌日、突然に別れを告げられてしまい、「ぼくの心の一部は、あの日から動くことを止めている」という状態。

その後、彼は自転車ロードレースに出会い、自らが目立つのではなく、ひとりのエースを勝たせるために走るアシストという役割に、自分の生き方を見いだし、その世界に飛び込みます。そして彼は、「チーム・オッジ」の一員として、アシストに徹する毎日を送っていました。チームのエースは石尾豪(いしお・ごう)。ロードレースの選手には、平坦な道が得意なスプリンターと、山岳コースが得意なクライマーというタイプがおり、誓は石尾と同じクライマーで、誓と同期の伊庭和実(いば・かずみ)はスプリンターでした。

伊庭は誓と正反対で、自分の成績にこだわるタイプ。自己中心的な性格のために、チームメイトからは冷たい扱いを受けていていますが、能力的には優れたものを持っています。そんなふたりは、日本最大級のステージレース「ツール・ド・ジャポン」出場チームのメンバーに抜擢され、誓は例によってアシストに徹します。ところが誓は、展開の綾に恵まれ、ある坂道の多い区間で、自ら望んでもいなかったステージ優勝を遂げてしまいます。これによって彼には総合優勝の目も生まれましたが、あとのステージでトラブルに陥ったエース・石尾を助ける道を選び、優勝を捨ててしまいます。

が、このアシストに徹する姿が、スペインの強豪チームの目に止まり、誓には海外チームへの移籍という、国内選手なら誰もが望んでいながら、なかなか果たせないでいる、夢への道が開けそうになります。そんな折り、誓は石尾に関する悪い噂を耳にします。石尾は、自分の座を脅かすような若手選手がチーム内に現れると、容赦なくつぶしに掛かるというのです。

実際、3年前に、有望だった袴田一平(はかまだ・いっぺい)という選手がレース中に大事故を起こし、下半身不随の大怪我を負ったその原因が、石尾にあるのだという話も囁かれていました。そして石尾に対する尊敬と怖れなど、揺れ動く気持ちを抱いたまま、初の海外レースに参加した誓は、ベルギーで、車椅子に乗った袴田とともに現れた香乃と再会するのでした……。

題名にもなっているサクリファイス(犠牲)という言葉が、中心テーマである自転車レースでも、そしてアシストという役割が象徴している誓の生き方にも、さらには物語全体の仕掛けにも密接に絡まっていて、全編に痛いような緊張感が漂っています。レースシーンの描写も素晴らしく、目の前にまざまざと情景が浮かび上がってくるようです。ただ、女性の書いた物語だからと言いたくはないんですが、主人公のような男は現実にいるわけないよ、と男の私は思ってしまうのでした。「ちか」なんて名前、音だけだと女みたいだし。いや、存在感やリアリティがない、というのとは違うんですけどね。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『サクリファイス』 を読んで。 貼雑帖(はりまぜちょう)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる