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zoom RSS 『再起』 を読んで。

<<   作成日時 : 2007/12/27 23:42   >>

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ディック・フランシスの復活は、昨年の海外ミステリ界最大のニュースのひとつ。でも彼はすでに86歳。作品の出来に期待はしてませんでした。

しかも昨年、第1作から一貫してフランシスの作品を翻訳してきた名翻訳者・菊池光氏も急逝してしまったことが伝えられていたので、もうこれで終わっちゃったな、というのが正直な気持ちでした。しかし、早川書房が今年からスタートさせた『ミステリが読みたい!』のランキングで、この『再起』(早川書房)が第2位になっていたので、ようやく読んでみる気になった次第です。翻訳を担当したのは、菊池氏の弟子格にあたるらしい北野寿美枝さんという人であると知ったことも、手を伸ばすきっかけになりました。

菊池氏の翻訳と最初に出会ったのは、ジョン・ブラックバーンのモダンホラー『小人たちがこわいので』(創元推理文庫・絶版)だったと思います。妙なタイトルに惹かれて読み始め、壮絶としか言いようのないラストに至るまで、当時の私は一気に読まされてしまいました。翻訳の力というものを、初めて意識した本だったような気がします。早川書房の看板作家とも言えるフランシスやロバート・B・パーカーを読むようになったのも、実のところ菊池氏が訳していたからでした。

北野寿美枝さんの訳書としてはジョー・R・ランズデールの『ボトムズ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)というのを読んでいましたが、その時は特に印象には残りませんでした。今回、『再起』の訳を読んでみて、菊池氏とは違う感触もあるものの、立派に後継者の大任を果たせていると感じました。これなら、最新作『祝宴』(早川書房)も期待して良いかもしれません。もちろん、フランシスの筆力が最も肝心な要因なのですが、『再起』を読む限りでは、高齢からくる衰えはほとんど感じられません。

フランシスは競馬の騎手から作家に転身した人で、騎手としてはエリザベス女王の馬を預けられたチャンピオンジョッキー、作家としてもベストセラーの連発で、ざっくりたとえて言えば、武豊と東野圭吾の2人を合わせたぐらい、どちらの分野でも成功しています。彼の小説はすべて早川書房から出ているんですが、他の海外ミステリ作家とはちょっと扱いが違います。通常、ポケミスで初刊が出たあと、数年後に文庫化というパターンの作家が大多数を占める中、フランシスの作品はまずハードカヴァーで出るんです(日本人作家なら珍しくもありませんが……)。

フランシスも、第13長篇の『転倒』まではポケミスからのスタートだったんですが、ハヤカワ・ミステリ文庫が創刊されたときの目玉作品として文庫で初刊が出された第14長篇『重賞』のあとは、全作品がハードカヴァーになりました。これはフランシスが固定読者をしっかり掴んでいるため、版元としても売上げ予測が立てやすいからでしょうね。で、そういう固定読者の中に児玉清さんがいて、彼は新作が出るたびに原書を取り寄せて読んでいるらしい……って、カール・ハイアセンの『復讐はお好き?』(文春文庫)のときにも同じことを書いちゃいましたが、本書『再起』はほかならぬ復活作ということで、その児玉さんが巻末解説を担当し、思いを熱く語っておられます。

フランシスの小説には「競馬シリーズ」と銘打たれているので、競馬に興味がない方は手に取るのをためらってしまうかもしれません。が、日本とイギリスでは競馬のシステムが違いますから、日本の競馬に詳しくてもそうでなくても、フランシスを読むことにはあまり関係がありません。専門的なことに関してはていねいに説明されていますし、それがストーリーの中で占めている比重はそんなに大きくないので、初めての方でも面白く読めるんじゃないかと思います。

もともと、作家などの著作権を管理する会社で原稿担当の仕事をしていたフランシスの奥さん・メアリが、彼の原稿の添削をするなど二人三脚でやってきていたことも、フランシスの読みやすさにつながっていたんでしょう。奥さんが亡くなってしまったことで引退同然となり、もう新作は望めないだろうと思われていた彼が、6年の沈黙を破って復活したのは息子さんの協力があったからだそうで、最新作『祝宴』にはその息子フェリックスの名が共同でクレジットされています。

『再起』ではインターネット・ギャンブルの問題やDNA鑑定といったことが大きく取り上げられていますが、こうした最新の情勢を織り込んだのもフェリックスのアイデアだったようです。そして、ファンにとって嬉しかったのは、この作品の主人公が不屈の男シッド・ハレーだったこと。フランシスの、これまで40作書かれた長篇には、複数回登場するヒーローは2人しかいないんですが、人気が高いのはこのハレーです。といっても、登場するのは『大穴』、『利腕』、『敵手』に続いて、まだ4回目。デビュー作『大穴』は1965年の作品ですから、生み出されてから40年以上も経っていることになります。

デビュー当時31歳だったハレーは、『再起』では38歳(こういう歳のとらせ方は珍しいですね。作者とともに歳を重ね、今年ついに退職年齢になって引退してしまった、イアン・ランキンのリーバス警部とは対照的です)。レース中の事故で左腕が使えなくなって騎手を引退、その後は精巧な電動の義手を使っている隻腕の調査員です。彼のこれまでの登場作品は、現在でもすべてハヤカワ・ミステリ文庫で読めますから、順番に読み進むのが一番良いのですが、この作品だけをいきなり読んだとしても、全く問題がないようには書かれています。不仲だった妻ジェニイと離婚し、彼女はすでに再婚していますが、その父チャールズとはウマが合うのか、非常に良好な関係を保っていて、しばしばその家に滞在しているようです。

物語は3月、チェルトナムで開催される世界的なイヴェント、競馬フェスティヴァルをハレーが訪れるところから始まります。元義父のチャールズの紹介で、建設業者にして上院議員のジョニイ・エンストーン卿に会ったハレーは、卿の馬が勝つべきレースに勝たない理由を調べて欲しいという依頼を受けます。卿は、八百長のために騎手と調教師が馬を抑えているのではないか、という疑いを語ります。ところが、その日のレースで、国民的な人気馬が急死するという事件が起き、それに続いて卿が疑惑をかけていた騎手ヒューが射殺されているのが発見されます。

ハレーは死の直前のヒューと会っていて、彼は相談したいことがあると話していました。そしてハレーの自宅の留守電には、ヒューが八百長がらみの問題に巻き込まれ、殺されるかもしれないという悲痛な訴えが残っていました。ハレーを目の敵にしている新聞社《ザ・パンプ》は、あたかもヒューをハレーが殺したかのような印象を与える記事を掲載しますが、警察は事件の直前にヒューと口論していた調教師のバートンを逮捕します。

やがてバートンは、証拠不十分で釈放されますが、その矢先、自宅の書斎で頭を撃ち抜いた死体となって発見され、警察は自殺であろうと判断してしまいます。しかし、それに納得がいかないハレーは調査を続けます。どんな脅迫にも屈しないことで、調査員としての信頼を得ているハレーでしたが、見えざる敵は彼の恋人マリーナを標的に嫌がらせをはじめ、それが次第にエスカレート。ついには、彼女も銃撃されるなど、大ピンチに陥るのでした……。

執筆のパートナーが妻から息子に代わったことで、フランシスの作風にも微妙な変化が現れているように感じます。ハレーがぞっこん参っているオランダ美女のマリーナに関する描写や、ハレーとチャールズの信頼関係の描き方なんかもそうなんですが、特にハレーと元妻ジェニイとの間をスッキリさせてしまったところなど、男性的なあっさり感があるように思います。しかし、ストーリーテリングの巧さは相変わらずであり、内容も非常に濃いものとなっています。どんでん返しを求めるような作品ではありませんが、ミステリとしての興趣も薄れておらず、本格ファンから冒険小説やハードボイルドのファンまで、幅広く楽しめる作品に仕上がっているように感じました。

※この記事はブログ村 ミステリー・推理小説にエントリーしています。

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